いわゆる「6マリヤ」の問題について


(文責:教会成長研究院)

 

(1)「6マリヤ」は存在しない

 
 反対牧師らは、長年、統一教会には「6マリヤ」の教えがあり、「文鮮明は“血分け”を実践してきた」と言って批判をし、数多くの教会員を脱会説得してきました。そのような反対派の批判を真に受けて、それを信じ、統一教会本部に「脱会書」を郵送してきて、脱会してしまった人もいました。
 また、そのような反対派の批判に踊らされ、「6マリヤ」について、それは当然、あったかのように述べる人が、わずかながらも教会員の中にさえいます。甚だしくは、「6マリヤ」どころか、「60マリヤ」だと述べる人もいます。これは、とんでもないことです。

 真のお父様ご自身が、むしろ「6マリヤ」という言葉それ自体を、はっきり否定しておられることを、私たちは知っておかなければなりません。
 真のお父様は、次のように語っておられます。

 「この者たち、『6マリヤ』だなんだという朴正華の言葉は、すべて嘘です。うわさになったことを(もって)勝手につくり上げて、ありとあらゆることをしたのです」(マルスム選集306-241、1998年9月23日)

 「統一教会の先生の息子娘を“たちの悪い人間”に仕立てようとする人々は、堕落した人々です。統一教会から追い出された人々が友人をつくり、そのような人(元信者)を立てることによって、生き残れる道があるといって、ありとあらゆる話をみな作るのです。何ということですか! 私も知らない『6マリヤ』の話、先生が女性たちを中心としてありとあらゆることをするという話、ありとあらゆる話を想像して、しゃべったのです」(マルスム選集、462-219、2004年8月21日)

 真のお父様は、「6マリヤ」について、上述のように語っておられます。
 また、天一国経典『平和經』や『平和神經』には、次のような御言があります。

 「堕落とは何ですか。神様の最も貴いものを盗んだのです。悪魔の行為です。最も貴いものとは何かというと、愛と生命と血統ですが、これを汚したというのです。ですから、歴史時代において神様が最も嫌うものは淫乱です。……人類が世界的に淫乱の風に巻き込まれていくときは、鉄槌が加えられるのです。教団がそのようになるときは、教団が滅びていき、国がそのようになるときは国が滅びていき、歴史がそのように誤れば、その歴史の方向がみな壊れていくのです」(天一国経典『平和經』445ページ)

 「皆様、真の父母の使命を完遂すべきレバレンド・ムーンの生涯もまた、言い表せない苦難と迫害で綴られた恨の生涯でした。第1アダムと第2アダムが失敗したすべてを蕩減復帰し、完成しなければならない第3アダムである真の父母の使命は、救世主、メシヤ、再臨主の使命はもちろん、すべての宗主たちの使命までも総体的に完遂しなければならない人生なのです。
 神様の宇宙創造がそうであったように、一寸の誤差も許容できない人類再創造の大役事でした。だれとも相談すらできない孤独な路程でした。神様までも顧みられず、徹底して独りで訪ねていかなければならない茨の荒野路程でした。
 幾度も反復される生死の岐路で血を吐きながらも、天との約束を成し遂げるため、再び立ち上がらなければならなかった不死鳥のように、モデルとしての『性』を立てるための人生でした。……一生に6度も無実の獄中闘争を経なければならなかったレバレンド・ムーンの波瀾万丈の人生を、すなわちモデルとしての『性』を完成するための人生を、誰か理解する者がいたでしょうか。かわいそうな天のために、そして死亡圏で苦しむ堕落した人類を救ってあげるために、歯を食いしばって耐えて生きてきた悲惨な生涯でした」(『平和神經』205~206ページ)

 「キリスト教が私の夫(文鮮明師)と一つになっていたなら、地上世界はもちろん、天上世界までも天国を成したはずです。新約時代が終わる1945年から1952年までの7年間に、神様の摂理に従って全世界が一つに統一されていたはずです。彼ら宗教指導者は、私の夫と一つになることはおろか……話を聞くこともせず、盲目的に反対しました。甚だしくはうそまでつきました。彼らは人格を抹殺しようとして、私の夫の教えとは正反対の淫乱の教祖と強欲の中傷を広めたのです」(天一国経典『平和經』961ページ)

 以上の御言でも分かるように、真のお父様は、ご自分の生涯路程について、それは「モデルとしての『性』」(絶対「性」)を立てるため、絶対「性」を完成するための人生であったと語っておられます。
 また、真のお父様は、2001年1月13日に発表された「天法3か条」において、「血統を汚すな」(純潔を守れ)と真摯に訴えてこられました。2012年の「聖和」される直前の特別原理教育においても、その中心テーマが「絶対『性』」でした。それこそが、真のお父様の思想の真髄であり、人生そのものだったことを知らなければなりません。

 16万訪韓セミナーの御言においても、真のお父様は、次のように語っておられます。

 「今も一人で結婚しないでいる女性もいるのです。『祝福を受けるように』と言っても、祝福を受けないのです。『自分は先生を慕った者です。誰と結婚するのですか』と言って、大変なことです。もし、先生がキスでも握手でもやってあげたら大変なことです。これはもう間違いなく『関係した』と言う人(女性)が出てくるのです。そういう女の乱れ切った環境を泳いで、よくも女に引っかからないでここまで来たものです。……もし先生がキスでもしてやったら大変です。手で握手でもしてやったら、それを条件としてどんなことでも引っかけてくるのです。ですから……(韓鶴子夫人が)お母様として立つまでには、相当の心的な苦労があったということを知らなければなりません。……原理を知らなければ大変なことになるのです。統一教会という存在もなくなってしまうのです。正しく原理を知っているから、そういうことをコントロールしてきたのであって……でなければ、(女性を対象とする)こういう集会などできないのです」(『訪韓修練会御言集(続編)』31~32ページ)

 このように、「6マリヤ」や「血分け」という批判とは違って、お父様は、軽々しく女性の手さえも握ってこなかったと語っておられるのです。これらの一連の御言で分かるように、真のお父様ほど“純潔”を重要視され、“貞操”を生命視してこられたかたはいません。

 また、真のお父様は、16万訪韓セミナーの御言で、「愛には縦的愛と横的愛があるのです。父子関係は縦的愛であり、夫婦関係は横的関係です。縦的愛は血統的につながり、夫婦関係は血統的につながりません」(『訪韓修練会御言集』12ページ)と語っておられます。
 この御言で明らかなように、真のお父様は、血統転換が単に「セックス」によって成されるものとは考えておられません。
 血統転換とは、どこまでも「父母」と「子女」という父子の関係性を通じることによって成される“重生”の役事です。それは、あくまでも「真の父」である文鮮明先生の骨髄を通り、「真の母」である韓鶴子夫人の胎中を通過する“手続き”を経るという、すなわち「聖酒式」および「三日行事」によってされるものなのです。
 そのような“血統転換”の奥義から考察すると、「6マリヤ」「血分け」の考え方のように、文先生とのセックスによってそれが成されるものと短絡的に考えるのは誤りであり、原理的ではありません。そしてそのような事実もないのです。
 

(2)サンクチュアリ教会側の主張は、「反対派」と同じ霊的背景をもっている?

 
 今まで本部は、反統一教会活動をしてきたいわゆる「反対牧師」の主張に対し、長年にわたって対応してきましたが、最近、真のお母様批判や本部批判をする「サンクチュアリ教会側」の主張に関して、それらの批判が、反対派が行ってきた批判や言動と不思議なほどに類似しているという、同じ“霊的背景”を感じている次第です。

a.教祖は淫乱である?
 前述したように、長年、反対派は「文鮮明は“血分け”を実践し、6マリヤどころか60マリヤがいる」などと言って教祖批判をし、信者を脱会させてきました。しかし、真のお父様ご自身は「6マリヤ」を否定しておられ、ご自分の人生を「絶対『性』を立てるための人生であった」と回顧しておられます。
 にもかかわらず、サンクチュアリ教会側は、「6マリヤ」が当然あったかのように主張しており、その言動には反対派と通じるものがあり、真のお父様の教えの真髄から逸脱したものとなっています。

b.「怨み」を動機としている?
 長年、反対牧師たちは、真のお父様を批判するとき、「文鮮明は日本に対して怨みを抱いており、それを動機に日本人に高額献金を要求するなど、怨みを晴らそうとしている」と言って批判してきました。しかし、実際の真のお父様は、日本の国の未来を考え、その繁栄を願ってこられたのであって、反対派の批判は全く的外れです。
 最近、サンクチュアリ教会側が行う真のお母様批判は、「お母様は怨みをもっており、その怨みを晴らそうとしている」かのように主張しており、反対派の手法と同じものを感じさせます。実際の真のお母様のお姿は、すべてのものを愛し許され、怨讐をも包み込むものです。そのことについて、真のお父様は「お母様はりっぱなかたです」(「ファミリー」2006年9月号、31ページ)と語っておられ、真のお母様が常に“怨讐関係”の立場にあるような者をも愛して生活してこられたことを証ししておられます。

c.「聖書」と矛盾した内容を語っている?
 2000年前、ユダヤ教徒がイエス様やその弟子たちを批判するとき、聖書(旧約聖書)の律法と矛盾したことを教えている、聖句の引用が間違っている等々と批判してきました。
 現代においても、反対牧師たちは、統一教会(現、家庭連合)は聖書(新約聖書)の福音と矛盾したことを教えている、聖句の引用が間違っている等々と同様な批判を展開して、信者を脱会説得してきました。
 最近、サンクチュアリ教会側が行っている批判も、真のお父様の御言と違うことをお母様や本部は教えており、また八大教材・教本『天聖経』(成約聖書)さえも廃棄し、それらの教えと異なる道を行っていると述べるなどして、「家庭連合から早く脱会するように」と勧めています。これなどは、反対派が行ってきた脱会説得の手法を彷彿させるものです。

d.教会幹部は腐敗・堕落している?
 長年、反対派は、統一教会幹部は「公金横領をし、自己保身するいかがわしい人物たちが多い」と言って批判してきました。その批判を真に受けて脱会し、本部に「脱会届け」を郵送してきた元信者も多くいました。
 最近、サンクチュアリ教会側が行っている本部批判には、驚くほど、この反対派の手法と似たものを感じさせます。

 最近では拉致監禁事件がめっきり減ってしまい、効果的に“天の摂理”を妨害できなくなった霊的背景が、今や「サンクチュアリ教会」側の人々を使って、少しでも妨害していこうと画策しているかのようです。
 今まで反対派は、上述した批判を「拉致監禁」という特殊な環境を使って信者に無理矢理聞かせ、脱会させてきました。それらと同じ内容、同様の手法が、まさか真の子女様という“内部”の装いをもって自分に忍び寄ってくると思ってもいない信者たちであるがゆえに、“防御しよう”という内的姿勢もない状態のなかを、「拉致監禁」による脱会説得法と同じ効果、あるいはそれ以上の効果をもたらして信者を脱会させているのです。

 真のお父様は、「真の父母というのは一組しかいないのです。人類の一組しかいない父母であるというのです。歴史に初めて登場した、空前絶後の真の父母が顕現した時代が成約時代である」(マルスム選集、248-226)と語っておられます。
 このように、“空前絶後”の真の父母様、すなわち「文鮮明先生」「韓鶴子夫人」こそが、唯一の「真の父母」であり、唯一の救い主なのです。その唯一の「真の父母」から引き離そうというサンクチュアリ教会側の手法は、サタンの手法そのものであり、これ以上に、巧妙な手法は他にありません。
 今や、「真の父母というのは一組しかいないのです」と語られた真のお父様の御言に反して、彼らは自分こそ「第二の真の父母」になろうと主張し始めているために、このまま行けば、「偽キリスト」「偽りの父母」となり、統一原理の教え、真の父母様の御言の真髄である「真の父母」を破壊しかねないものになるのではないかと危惧するものです。
 このような非原理集団「サンクチュアリ教会」等の言動に惑わされ、“空前絶後”の真の父母様である「文鮮明先生」「韓鶴子夫人」の許を離れないよう、私たちは十分に気をつけなければなりません。
 真のお父様の私たちへの願いは、統一原理、真の父母様の御言を正しく理解し、真のお母様を中心として“教えの正道”を歩むことなのです。

― 以上 ―