(1)「万王の王神様解放圏戴冠式」は、亨進様の王権継承の儀式ではない
サンクチュアリ教会側の人々の主張によれば、「文亨進様家庭は、真の父母様の『王権』を継承されたのだ」としています。
特に、サンクチュアリ教会側が「王権の継承」の根拠としているのが、2009年1月15日に韓国で、さらに同年1月31日に韓国と米国の2カ所、計3度にわたって行われた「万王の王神様解放圏戴冠式」であり、そのときに“王権が継承された”と主張しています。しかしながら、この式典はその名称が示すとおり神様と真の父母様が一心、一体、一念、一核となって「万王の王」として戴冠された式典だったのであって、亨進様が「王権」を継承した式典ではありませんでした。
亨進様が真の父母様から「王権」を継承して“王様”になったという話は、今までに聞いたことがありませんし、その事実もありません。
この式典は神様と完全一体となられた真の父母様が、神様を王様として戴冠して差し上げた式典です。そして、王権を確立された真の父母様を中心とする「真の家庭」の四位基台の立場において、亨進様が一緒になってその恩恵に与り、真の子女の立場でその場に同参したのに過ぎません。この式典は、あくまでも万王の王としての神様の“解放圏戴冠式”だったのであり、その主役は神様と真の父母様です。決して「王様」の立場が、子女様の代に委譲、継承されたということではありません。
そのときの式典の「式次第」や「司会者の言葉」、および真のお父様ご自身の「御言」を調べると、一言たりとも、「亨進様に“王権”を継承します」という内容は語られていません。このときの式典で語られる司会者の言葉、「式次第」および御言の内容のすべては、事前に真のお父様が一言一句すべてをチェックされ、司会者に対しても「そのごとく語るように」と厳しくご指導しておられたのです。
この「万王の王神様解放圏戴冠式」の式典で、真のお父様は、次のように御言を語っておられます。
「貴賓の皆様! きょう、皆様は、真に貴い天福を受けられました。万王の王が経綸する摂理的歴史の出征式に参加していらっしゃいます。歴史的な大転換期の渦を直接目撃していらっしゃいます。縦的万王の王であられる神様の実体として万有を統治する横的万王の王、真の父母様の戴冠式に招待されました。これ以上に貴く、歴史的な瞬間が、またいつ訪れるでしょうか」(「ファミリー」2009年3月号、7ページ)
真のお父様は、万王の王神様解放圏戴冠式が「縦的万王の王であられる神様の実体として万有を統治する横的万王の王、真の父母様の戴冠式」であると明確に語っておられます。この式典は、「神様」およびその実体の立場に立っておられる「真の父母様」の戴冠式だったことを知らなければなりません。
このように、真のお父様ご自身が式典の意義について明確に語っておられるにもかかわらず、この式典に対して、それを真の子女様が“王権を継承”した式典であったと述べることは、事実をねじ曲げることであり、完全な誤りです。
事実、写真を見れば分かるように、亨進様ご夫妻が式典で被った冠は、せいぜいプリンス(王子)が被る「コロネット」、プリンセス(王女)が被る「ティアラ」程度のものだったのであり、万王の王としての「王様」が被る冠とは言いがたいものです。
ところで、式典の途中、真のお父様が「祝祷」された部分こそが“王権の継承”であったと主張する人もいます。しかし、それも誤りです。それが誤りであるのは、その式典の司会者の言葉を含め、前後の一連の内容を吟味することによって、より明白になります。「祝祷」前後の内容は次のようになっています。(以下、式典映像のディクテーション)
【司会者の言葉】
神様の実体として立ち、万王の王戴冠式をなされるために、(真の父母様が)今入場していらっしゃいます。そのあとには、真の子女を代表して世界平和統一家庭連合、文亨進世界会長ご夫妻が入場していらっしゃいます。そして、そのあとに10名のお孫様が続き、3代圏が一つになって入場していらっしゃいます。人類歴史に新しい始まりを告げる驚くべきこの時において、万王の王神様解放圏戴冠式のために入場していらっしゃいます。
(真の父母様)ご夫妻が天のお父様に心からの礼を表していらっしゃいます。熱い歓声と拍手で歓迎いたしましょう。
〔真の父母様が神様に礼を捧げる〕ご夫妻が天のお父様に心からの礼を表していらっしゃいます。
〔真の父母様が玉座に座られた後、亨進様夫妻がその前にひざまずいて敬礼を捧げる〕文亨進世界会長ご夫妻が天のお父様と天地人真の父母様に敬礼をお捧げしています。
〔真の父母様が『平和神經』を下賜〕
平和の王天地人真の父母様が、全人類を代表する文亨進世界会長ご夫妻に『平和神經』を下賜されます。続けて祝祷をしてくださいます。
【真の父母様の祝祷】
「天宙天地父母様安息圏安着即位式において、真の父母様の祝福を伝授いたします。アーヂュ」
【司会者の言葉】
次は御宝と指揮棒を(真の父母様に)奉呈する時間となります。
〔真の父母様に指揮棒を奉呈〕私たちを代表して天総官文興進様家庭の長男、文信哲様が指揮棒を真の父母様に奉呈しています。(ディクテーション終わり)
以上、一連の式典の流れを見ると分かるように、真の父母様が全人類に『平和神經』を下賜されるときに、その全人類を代表する立場で亨進様ご夫妻が『平和神經』を受け取られ、「祝祷」を受けておられるのです。これは、あくまでも人類に対して真の父母様が『平和神經』を伝授されるときの、そのための「祝祷」なのであり、決して亨進様ご夫妻が「王権」を継承して王様になったわけではありません。
事実、祝祷の言葉も「祝福を伝授いたします」というものであり、決して「王権を伝授します」「あなたが王様になります」といった内容ではありませんでした。
ちなみに、「天一国」の名称を正式に言えば「天宙平和統一国」ですが、これは霊界と地上界を併せた「天宙」の平和統一国であり、その王国の中心は永遠に「万王の王」であられる神様と真の父母様です。真のお父様と真のお母様が霊界に行かれた後も、その天一国の中心は永遠に神様と真の父母様であり、その点については、かつて亨進様ご自身も、「真の父母様は永遠に一組です。子女は子女であって、真の父母になることはできない」と語っておられました。
また、この「万王の王神様解放圏戴冠式」が挙行された同年の2009年11月14日に、文亨進様は、真のお父様から「このメッセージをみんなの前に語りなさい」と命じられ、次のように語っておられます。
「私(亨進)が、真の父母様を否定したり、真の父母様に従わなければ、統一教会人たちは、私に従ってはいけません」
真の父母様と言うとき、それは真のお父様だけでなく、当然、そこに真のお母様が含まれています。したがって、今現在、真のお母様を否定し従おうとされない亨進様に「統一教会人たちは従ってはいけない」というのが、真のお父様の御意です。
「万王の王神様解放圏戴冠式」が挙行された年、真のお父様が亨進様に対し「このように語りなさい」と命じられた事実を考えると、亨進様が現在のようになられる可能性があることを、そのとき真のお父様は予見しておられたのではないかと思われます。
(2)「亨進様は王権を相続したのであるから、その新しい王に従わないと地獄へゆくことになる」という言説の誤り
前項で述べたとおり、文亨進様ご夫妻は、真の父母様から「王権」を継承された事実はありません。したがって、亨進様は「新しい王」になったわけではありません。
ところが、サンクチュアリ教会側の人は、「亨進様は王権を相続したのであるから、その新しい王に従わないと地獄へゆくことになる」などと語り、教会員たちを畏怖困惑させています。
天一国の永遠の中心は、神様と真の父母様です。また、その中心は、万人を導いて救われることに目的を持っておられるかたであり、人々を裁き、地獄に落とすことが目的のかたではありません。したがって、新しい王に従わないと「地獄に落ちる」と畏怖困惑させるのはとんでもないことであり、70億の全人類のことを考えながら“万人救済”を目指しておられる真の父母様の精神に反するものです。
『原理講論』に明記されているように、復帰摂理におけるカインとアベルは、あくまでもアダムを善悪に分立した立場であり、アベルは“アダムの代身者”に過ぎません。それゆえ、『原理講論』には、「彼ら(カインとアベル)が『堕落性を脱ぐための蕩減条件』を立ててサタンを分立したならば、その父母であるアダムはサタンを分立した立場に立つことができるので、その子女たち(カイン・アベル)よりも先に『実体基台』の上に立つようにな(る)」(300ページ)と説明されています。
この復帰摂理におけるカインとアベルは、蕩減復帰のためのアダムの代身として立っている立場です。アダムの代身として立ったそのアベルを中心として、カインが屈伏し一体化してこそ蕩減条件となり得るものです。したがって、父母の代身として立ってもいないアベルとカインがどんなに一つになっても、それは摂理的に意味がありません。
今や、人間始祖の立場である「真の父母」が立った時代圏において、真の父母様は、復帰摂理を勝利され、創造本然の世界の“定点”に立っておられるかたです。
真のお父様は、「真の父母」が現れるときが、歴史上の“定点”をなすときであるとして、次のように語っておられます。
「人類の真の父母が現れることが歴史の願いであり……摂理の願いです。ですから、そのような真の父母が現れるときは、歴史上で一度しかない定点をなす時であり、空前絶後の時なのです」(八大教材・教本『天聖經』2003ページ)
このように、歴史上でたった一度しかない真の父母様が現れる時こそが“定点”をなす時であり、永遠の歴史の中心であることを、私たちは忘れてはいけません。
したがって、真の父母様が立たれた状況下においては、真の子女様におけるカイン・アベルとは、復帰していく立場なのではなく、どこまでも真の父母様の勝利圏を「相続」していく立場にあるのです。それゆえに、「王権の伝授」とは、どこまでも神様と真の父母様から与えられなければならないものです。
事実、復帰摂理におけるカインとアベルの一体化は、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」とはなり得ても、「王権の伝授」とはなり得ません。それは、せいぜいが「長子権」復帰に過ぎません。そしてまた、カイン・アベルの真の一体化のためには、真のお父様のみ言によれば、そこに「母子協助」が必要不可欠なのです。今や、父母様と一体化できず、母子協助することすらできない立場におられる子女様です。どのようにして「母子協助」があったと言うのでしょうか?
ちなみに、真のお父様は2008年4月6日の第49回「真の父母の日」(ハワイの式典)の御言で、子女様たちをお父様の前に立たせ、次のように語っておられます。
「あなたたちカインとアベルがお母様の言葉に絶対服従しなければなりません。……あなたたち兄弟同士で争って分かれることはできません。それが父母を殺した元凶です」(『ファミリー』2008年6月号、30ページ)
真のお父様は、ここで「お母様の言葉に絶対服従しなければなりません」と語っておられますが、この御言に従って、今、真のお母様の言葉に絶対服従しておられる子女様はだれなのでしょうか?
また、たとえ子女同士で一つになったとしても、真のお母様と一つにならなければ意味がありません。そして、前述したとおり、「王権の伝授」とは、どこまでも万王の王であられる神様と真の父母様によって伝授がなされるのであって、子女同士のやり取りによって「王権の伝授」が成されるというのではありません。
ところで、「王権」を相続すると言われますが、真の父母様の歩まれた道は、縦横の八段階を経ながら、まず「長子権」を立てられ、その次に「父母権」を立てられ、その基台の上で「王権」を勝利して行かれました。その道と同様に、亨進様が「王権」の位置に立つためには、その前に「長子権」、「父母権」を立てていかなければなりません。では、それらの内容をどのように復帰して立てて行かれたと言われるのでしょうか?
今現在、亨進様や國進様がされておられることは、真の父母様の御言から掛け離れたものであり、原理的ではありません。
(3)真のお父様の御言によれば、真のお母様も「神様の立場」に立っておられる
サンクチュアリ教会側の人は、「お母様は、既に堕落したのであるから、お母様についている信徒は、間違いなく、地獄へと審判される」と主張しています。
いったい何をもって「お母様は、既に堕落した」と言われるのでしょうか? 『原理講論』で述べられている堕落とは、「不倫なる性関係」によってもたらされました。そのような事実は、真のお母様にはありません。
ところで、真のお父様は、真のお母様が「還暦」を迎えられた2003年2月6日(陽暦)に、2度目の聖婚式をされましたが、その聖婚式について、次のように語られました。
「神様とアダムとエバは、(人間始祖が堕落したため)『家庭王即位式』をすることができませんでした。分かりますか? (しかし今や)その『家庭王即位式』をしたので、神様が、本来の真の父母を中心として、婚姻申告をすることができる時を迎えたということです。分かりますか? (「はい。」)文総裁を中心として、(神様は)婚姻申告をしました。今、霊界に行けば……。今まで霊界では、神様が見えませんでした。今、行ってみれば、霊界の父母の立場で、文総裁ご夫婦の顔が現れて、きらびやかな光で見えるので、顔を見詰めることができないほど、まぶしくなるというのです。そのような霊界に行った時にも、真の父母を否定しますか? このように、はっきりと教えてあげたにもかかわらず、神様を否定すれば、かちっと引っかかります」(「ファミリー」2003年5月号、27ページ)
また、真のお父様は、平和メッセージで、次のように語っておられます。
「アダムとエバが、心の中に神様をお迎えして、一体となって完成した基台の上で、結婚して子女を生んで家庭を築いたならば、アダムとエバは外的であり横的な実体の真の父母になり、神様は内的であり縦的な実体の真の父母になったことでしょう。……神様は、真の愛を中心としてアダムとエバに臨在されることにより、人類の真の父母、実体の父母としておられ、アダムとエバが地上の生涯を終えて霊界に行けば、そこでもアダムとエバの形状で、彼らの体を使って真の父母の姿で顕現されるようになるのです」(『平和神經』54~55ページ)
「アダムとエバが神様のみ旨のとおりに個人完成、すなわち人格完成を成し、神様の祝福の中で夫婦関係を結び、神様と完全一体を成していたならば、神様が彼らの中に臨在なさることのできる因縁が決定していたことでしょう。……完成したアダムとエバの結婚は、神様御自身の結婚になっていたのです」(同、170ページ)
これらの平和メッセージにあるように、完成したアダムと完成したエバの結婚式は「神様の結婚式」であり、霊界においては、神様はそのアダムとエバ(真の父母)の姿をもって顕現すると語っておられます。
前述した2003年2月6日の2度目の結婚式について語られた真のお父様の「神様の婚姻申告」の御言にあるように、真のお父様は、「今まで霊界では、神様が見えませんでした。今、行ってみれば、霊界の父母の立場で、文総裁ご夫婦の顔が現れて、きらびやかな光で見えるので、顔を見詰めることができないほど、まぶしくなる」と明言しておられます。
すなわち、真のお父様は、真のお父様と真のお母様がそれぞれ完成したアダム、完成したエバであると語っておられるのです。
この御言で明確なように、今や神様は、真のお父様のお姿を通してだけでなく、真のお母様のお姿をもっても現れるということを明言しておられます。これが、真のお父様が語っておられる、真のお母様の立場なのです。
『原理講論』に、「愛の力は原理の力よりも強いので、アダムとエバが完成し、神を中心として夫婦となることにより、その絶対的な愛の力によって、神の直接的な主管を受けるようになれば、いかなるものも、またいかなる力もこの絶対的な夫婦の愛を断ちきることができないから、彼らは決して堕落するはずはなかった」(114ページ)とあります。
完成したアダムと、完成したエバは、決して堕落するはずはないという『原理講論』の内容と照らし合わせてみると、真のお父様と真のお母様は、堕落することはあり得ないと言えるのです。
ところで、サンクチュアリ教会側では、「お母様についている信徒は、間違いなく、地獄へ審判される」と言われますが、再臨のメシヤが地上に来られた目的は、神様の仲保者となり、堕落人間を神様に連結して救うことが目的であって、決して審判することが第一義的な目的ではなかったはずです。にもかかわらず、「地獄に審判される」と言われることに対して、真のお父様の思想との食い違いを感じます。
真のお父様は、常に弟子たちの不足を執り成してくださり、そのために蕩減条件まで立てられて、弟子たちや人類の救いの道を開拓して来られたのではなかったでしょうか? このようなサンクチュアリ教会側の“信者を脅して自分たちの側に取り込もうとする姿勢”は真のお父様の精神と異なっており、その畏怖困惑させる言葉に、私たちは心を痛めざるを得ません。