ONE TRUTH 有志の会の公開質問状に対する回答

文責:教理研究院

令和3年4月6日
ONE TRUTH 有志の会(旧「顕進様を支持する有志の会」)御中

公開質問状に対する回答

 令和3年4月1日付のONE TRUTH有志の会(以下「有志の会」)から教理研究院に寄せられた「公開質問状」を4月3日(土)に受け取りました。以下、「公開質問状」に対する教理研究院の「回答」を述べます。

 注、教理研究院が取り上げた真の父母様のみ言および『原理講論』などは「青い字」で、「有志の会」の主張および貴会が取り上げたみ言の翻訳文などは、「茶色の字」で区別して表記しています。

(1)公開討論はすでに始まっている
 公開討論については、すでに教理研究院は「真の父母様宣布文サイト」に反論文を掲載することを通して行われています。「公開質問状」なるものをあえて出さなくても、今まで「有志の会」とのやり取りは、「真の父母様宣布文サイト」と「有志の会」のブログとの間で行われてきました。
 それにも関わらず、今回、あえて2度目の「公開質問状」を寄せてこられたことに対して、訝しく感ずるものです。
 例えば、教理研究院は、真のお父様のみ言に基づいて「第4アダムは顯進様である」と語られた真のお父様のみ言は存在しないと指摘しました。それに対して、旧「顕進様を支持する有志の会」は、「確かに『第4次アダム』に関して言うなら、お父様が直接、公式的な場で『第4次アダムは顯進だ』と明言されたことはない」(参照:https://align-with-god.org/blog/archives/544)と述べて、お父様が直接明言された事実がないことを認めました。それにも関わらず、今回の公開質問状の「最後に」の部分で、再び「第4 アダム・顯進様と共に……」と、み言に存在しない文言を、その〝根拠〟を示さないまま述べるのは、至極〝恥知らず〟〝鉄面皮〟と言わざるを得ません。本来なら、旧「顕進様を支持する有志の会」のブログで、教理研究院の指摘に対して、真のお父様が直接的に語られたみ言を引用しその根拠を提示するなど、誠意ある「回答」を期待していました。しかし、その「回答」がないままに、新たに「ONE TRUTH有志の会」を立ち上げ、真のお父様の〝み言改竄〟が数多く盛り込まれている郭錠煥氏の「トゥルーレガシーTV」の映像を垂れ流しにするばかりでなく、今回、2度目の「公開質問状」を一方的に送りつけてきたことは、「回答」すべき立場にある「有志の会」が責任放棄をしたと言わざるを得ず、その無責任さには驚きを禁じ得ません。真のお父様の直接的に語られた「第4アダムは顯進である」というみ言を未だに提示しないまま、再度、「第4 アダム・顯進様と共に……」と言い張る「有志の会」に対しては、その根拠となる真のお父様のみ言を提示するように強く求めるものです。
 本来、「有志の会」が回答すべき責任を果たしてから、今回の「公開質問状」に対する回答をしてもよいのではないかと教理研究院は考えるものですが、回答しないと、「教理研究院は回答できない」と吹聴される恐れがあることから、今回は「公開質問状」に対する回答を述べることとします。

(2)「いわゆる」を付けた理由
 教理研究院が、今回の「法廷証言」に対して「いわゆる」を付けたのは、理由があります。それは、この「法廷証言」という言葉自体が不正確なものだからです。さらには、この「法廷証言」なるものは、家庭連合・世界本部が公式的なみ言として〝認定〟しているものであるという認識を、現時点において、教理研究院は持っていないためです。今後、もし、世界本部が公式的なみ言として認定するならば、それに従う所存です。
 また、今回のいわゆる「法廷証言」は、あくまでもアメリカの裁判所が英語で記録したものであり、その英語を韓国語や日本語に翻訳した場合、英語の原文が果たして厳格に翻訳されているかどうかは、十分なものと言い難いためです。適切な訳とは思えない部分が多くあり、教理研究院からすれば「有志の会」の翻訳には〝問題あり〟と言わざるを得ないためです。以上の理由から「いわゆる」を付けています。
 したがって、「有志の会」が邪推する「ここには虚偽の可能性が高いという印象操作を狙った意図が感じられる」というものではありません。

(3)いわゆる「法廷証言」は、サンクチュアリ教会との間でなされた記録である
 ちなみに、今回のいわゆる「法廷証言」はサンクチュアリ教会と家庭連合との裁判における記録のはずです。それにも関わらず、この記録を、この裁判とは全く関係のない三男の顯進様を支持する「有志の会」がしきりに取り上げ、真のお母様批判に借用することは、俗にいう〝他人のフンドシで相撲を取る〟といった印象を免れ得ません。三男の顯進様に付き従う「有志の会」は顯進様が、サンクチュアリ教会の亨進様やその後ろ盾となる國進様が、〝自分を組織から追い出した張本人ら〟と見なし、忌み嫌っているにもかかわらず、利用できる物は何でも利用するとして、いわゆる「法廷証言」なるものを持ち出してきていますが、これは節操がなさ過ぎると言わざるを得ません。

(4)真のお母様は公式の場で、真のお父様を「原罪なく生まれた独り子」と語っておられる
 「有志の会」は、「私たち祝福家庭は、真のお父様(文鮮明師)が米国の法廷において……堂々と真実のみを語られた姿を良く知っている。またイエス様が大祭司カヤパの前で、命を懸けて神のひとり子であることを宣言されたという聖書の記録を知っている」と述べます。
 教理研究院も、真のお父様およびイエス様が法廷で堂々と闘われたことは当然知っており、その事実に対して心から尊敬するものです。しかしながら、イエス様が大祭司カヤパによる最高法院の裁判で、カヤパがイエス様に対し「生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか」と尋ねたとき、イエス様は「それは、あなたが言ったことです」(『新共同訳聖書』マタイ26・64)と婉曲的に答えておられます。すなわち、イエス様は天の知恵を使った表現で答えておられます。直接的な答え方ではありませんでした。
 また、著名な新約学者ヴレーデ(1859-1906)が提起した「メシヤの秘密」の問題(マタイ16・20、マルコ8・30)を東森教氏は知らないのでしょうか。イエス様は、自分を貶めようとする律法学者らから天の摂理を守るために、キリストであるにも関わらず、ペテロに「イエスは、自分がキリストであることをだれにも言ってはいけないと、弟子たちを戒められた」(マタイ16・20)とあるごとく、直接的に自分がキリストであることを誰にも言ってはいけないと戒められたことがありました。このことについて『原理講論』は「イエスの道を直くするための使命を担って生まれてきた洗礼ヨハネが、その使命を完遂できなかったために、洗礼ヨハネが受けるべきであったはずの苦難を、イエス自身が代わって受けなければならなかったのであった。このようにイエスは、メシヤであられるにもかかわらず、洗礼ヨハネの代理に復帰摂理路程を出発されたという事情のために、ペテロに向かい、自分がメシヤであるという事実をユダヤ人たちに証してはならぬと言われたのである」(410ページ)と解説しています。
 教理研究院は、真のお父様も法廷で堂々と闘われたことを知っています。しかし、自分を陥れようとする人々に対して、知恵を用いて対処しておられたお父様であられることを知っています。例えば、大同保安署で腹中教の許浩彬に対して、「共産党は啓示で受けた内容が嘘だと言えば釈放すると言っているのだから、それを認めて牢獄から出よ」と述べ、さらに、「すべてを否認して出獄しなさい。私が責任を持つ」(『現代の摂理』)と手紙を書かれました。これは、真のお父様の絶妙なる天の知恵とも言える内容です。このような天の知恵を用いて、お父様が対処しておられたことを東森教氏は知らないのでしょうか。
 真のお母様も裁判の場で、自分を何とかして貶めようとするサンクチュアリ教会側の弁護士の尋問に対し、天の知恵を使って答えようとしておられるのです。
 「有志の会」は、「まともな祝福家庭であれば、法廷でお父様の原罪の有無について問われたなら、『お父様は無原罪で誕生された神のひとり子である!』と信仰をかけて叫ぶであろう」などと述べますが、真のお母様は、真のお父様やイエス様と同様に、天の知恵を使って答えておられるのです。
 なぜならば、長年にわたって反対派の人物・浅見定雄氏などは、真のお父様に兄弟がいることを理由に真のお父様の〝無原罪性〟を否定し、真のお父様を貶めようとしてきました。兄弟には原罪があるのに、どうして文鮮明氏だけが無原罪であると言えるのかといった主旨から、次のように批判したのです。
 「彼の父親の名は文慶裕という。彼はその次男として生まれた。『次男』というのは男子だけ数えるからで、彼には一人の兄のほか、実は姉が三人いた。……文鮮明の父母は……他の全人類と同じく、彼らのいうアダムとエバの末裔だったわけである。どうしてこの両親だけがアダム、エバ以来の血統的・遺伝的罪を受け継いでいなかったのか、これはだれにも解けないミステリーである。そもそもこの両親がすでに無罪だったのなら、龍明の兄や姉たちも無罪の『再臨主』だったはずだし、さらに両親の親たちもそうだったはずである」(『統一協会=原理運動』日本基督教団出版局、70~71ページ)。
 真のお母様、家庭連合を〝敵〟と見做すサンクチュアリ教会側の弁護士は、真のお母様を何とかして貶めようと言葉じりを狙いながら尋問してくる反対派弁護士と同じです。もし、無原罪か否かについて、直接的な表現をもって答えたとするならば、「ない」と言っても「ある」と言っても、浅見定雄氏と同じようにさらに追及してくる可能性があります。相手の言葉じりを捉えて貶めようとする裁判の場において〝神学論争〟をしたとしても、実りある議論はできず、埒があかないものです。
 例えば、イエス様の時においても、「人々はパリサイ人やヘロデ党の者を数人、イエスのもとにつかわして、その言葉じりを捕らえようとした」(マルコ12・13)「彼らは機会をうかがい、義人を装うまわし者どもを送って、イエスを総督の支配と権威とに引き渡すため、その言葉じりを捕えさせようとした」(ルカ20・20)、さらに「律法学者やパリサイ人は、激しく詰め寄り、いろいろな事を問いかけて、イエスの口から何か言いがかりを得ようと、ねらいはじめた」(ルカ11・54)とあるように、真のお母様の身にも同じような状況が起こっていたのです。そのような場で、真のお母様は、真のお父様やイエス様と同様に、天の知恵を使って答えられたのです。
 反対派等の〝策略〟が渦巻いていない公式の場においては、真のお母様は真のお父様に対し「原罪なく生まれた独り子」と堂々と宣布しておられます。また、真のお母様は「天は韓民族を選び、独り子と独り娘を送られました。……韓半島に独り子と独り娘を誕生させ、世界を救い、人類を愛によって導くようにすることが神様のみ旨でした」(『人類の涙をぬぐう平和の母』49ページ)と語っておられ、独り子としてお生まれになった真のお父様を堂々と証ししておられます。これが真実の真のお母様のお姿です。

(5)いわゆる「法廷証言」なるもので、真のお母様は「原罪がある」とは言っていない
 いわゆる「法廷証言」なるものでは、真のお母様は、①「兄弟姉妹は多くいましたが、一人の親でした。ですから、彼の兄弟姉妹は原罪なく生まれたとは私は言えません」とありますが、これは、真のお父様について語っておられるのではありません。
 真のお母様は、②「文牧師が私に会うまでは、私たちは彼が原罪が無かったとは言えない。支払わなければならない蕩減条件があった」とありますが、「私たちは」とは一般主語であり、これは「一般的にはそのように見えるでしょう」といったような言い回しであって、お父様に原罪があるとは言っていません。
 ここで「支払わなければならない蕩減条件があった」とありますが、これは『原理講論』の「再臨主は、初臨のときの復帰摂理路程を蕩減復帰しなければならないので、あたかも彼の初臨のとき、ユダヤ民族の不信によって、霊的復帰路程の苦難の路程を歩まれたように、再臨のときにおいても、もし第二イスラエルであるキリスト教信徒たちが不信に陥るならば、その霊的な苦難の路程を、再び実体をもって蕩減復帰されなければならないのである」(427ページ)などと論じられている内容と一致しているものであり、イエス様は、メシヤでありながらも洗礼ヨハネの立場に立って歩まれたように、真のお父様もキリスト教の不信によって、北に行かれるなど〝苦難の路程〟を歩まれたことを語っておられるのです。
 さらに、③「私は原罪なしで生まれたから、私は独生女である」とありますが、真のお父様は、真のお母様に対し「鶴子様は根が違うというのです。神様を根として初めて、歴史上に真なる愛の論理を中心とした統一論理を持って現れた主人公だというのです」(マルスム選集148-41)「堕落していないエバを探し出して、小羊の宴会をしなければなりません」(『祝福家庭と理想天国(1)』585ページ)「堕落していない純粋な血統をもって生まれた方を探すのです。……罪の因縁とは全く関係のない処女」(同、909ページ)等々と語っておられ、真のお母様のみ言と一致します。また「16才の時に文牧師はイエス様に会って、イエス様から使命を引き受けた。その時がひとり子としての資格を得た時であった」とありますが、これは、真のお母様が「韓半島に独り子と独り娘を誕生させ」と明確に語っておられるように、お父様は独り子として誕生し成長された土台の上で、イエス様から使命を引き受けることによって、再臨主としての出発をなされたということなのです。さらに「聖婚式で、私に会うことによって、彼はひとり子の位置に上がった」とありますが、真のお父様は「イエス様は、『神様の独り子だ』と言いはしましたが、独り子になることはできませんでした」(『訓教經(下)』56ページ)「神様の独り子になるには、相対(独り娘)がいなければなりません」(『訓教經(上)』704ページ)と語っておられ、真のお母様のみ言は、真のお父様のみ言と一致します。
 さらに、④「6000年ぶりに原罪なしで来た独生女が独り子を探しだした。それで原罪についての答えになっているはず」とありますが、これは、真のお父様の原罪について語っているのではありません。ちなみに、前述したみ言で、真のお父様は(お母様が)神様を根として初めて、歴史上に……現れた主人公」であると語っておられるように、真のお母様のみ言は、お父様のみ言と一致します。
 なお、「有志の会」は「韓女史がわざわざ『私たちは彼(お父様) が原罪が無かったとは言えない』と語られる必要性はどこにあったと考えるのか」ということについてですが、これについては、すでに(4)で述べたとおりです。
 ところで、これらの真のお母様のみ言は、〝補足説明〟があってこそ、その語られた意味が正しく理解できる内容です。ところが、サンクチュアリ教会側の弁護士は、何とかして〝言葉じり〟を取ってでも真のお母様を貶めようと虎視眈々と狙いながら尋問しており、浅見定雄氏のようにお父様に兄弟姉妹がいることを引き合いに出して原罪がある、あるいは、ないと言っても〝難癖〟をつけてくる可能性があるため、原罪があるともないとも語らず、天の知恵を使って述べておられるのです。これは、ちょうど律法学者やパリサイ人がイエス様の言葉じりを捉えようと狙ったように、真のお母様の語られる〝証言〟の揚げ足を取ろうとする反対派への心配りであると言えます。真のお母様ご自身は、そのように心配する必要がない公式的な場で、すでに堂々と真のお父様に対して「原罪なく生まれた独り子」と語っておられ、これこそが真のお母様が語っておられる真実です。

(6)金振春博士とミックラー教授について
 教理研究院は、日本家庭連合の所属であり、金振春博士とミックラー教授は全く別の所属です。直接確認されたらよいでしょう。

(7)Peace TVが真のお母様のみ言をカットしたという批判に対して
 「有志の会」は、「教理研究院が発表している公式見解とは異なる韓女史の発言が様々なところでなされたにも関わらず、教理研究院は韓女史の言葉をその如くに伝えることをしなかった。家庭連合の書籍や映像では韓女史の問題発言はカットあるいは編集されて祝福家庭に伝えられた」と批判していますが、「有志の会」が言うような〝韓女史の問題発言〟なるものはない、と教理研究院は考えます。真のお母様のみ言は、真のお父様のみ言と完全一致しています。
 「有志の会」は、Peace TVが次の部分をカットしたといって、批判しています。
 独生女に会う前に自己を中心とした判断で仕事を広げてはならないという部分をカットしたという批判
 「有志の会」は、この部分が〝韓女史の問題発言〟であるため、カットしたのではないかと邪推しています。しかしこれは、〝韓女史の問題発言〟でも何でもありません。真のお父様のみ言と一致しています。例えば、真のお父様は次のように語っておられます。
 「お母様のお母さんは、許浩彬に篤実に従っていた人でした。……許浩彬の母親がお母様を祝福したのです。それは、お母様に使命が継承されるという意味でした。お母様は、もちろん(その時は)そのことを知りませんでした。先生が1960年にお母様と出会った時、先生はそのような事実を知りました。神様によって準備されてきたすべてのことが1960年に一つになったのです。それで、今、真の父母が現れたのです」(『真の御父母様の生涯路程⑩』39〜40ページ)
 「1960年の標語は『生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう』です。1960年は縦的な歴史を横的に蕩減復帰する年です。それで、神様の前に最大の実績を残さなければならない年なのです。……それでは、先生が、生涯で最も貴いと考えたものとは何でしょうか。祝福です。皆さんにとっても、人類歴史始まって以来の最高の贈り物とは祝福です」(『真の御父母様の生涯路程④』18ページ)
 「世界は1960年度から新しい歴史時代に入っていくというのです。……1960年代に異質的な歴史的転換期が到来したのです。……1960年度以降の世界は急変しました。今日まで急激に変化してきたのです。60年以降の20年間は、歴史上で類のないほど、そのような激動と変化を迎えた期間だと見るのです。1960年度からサタン世界は、激しく揺れ動くのです」(同、19〜20ページ)

 真のお父様は、「神様によって準備されてきたすべてのことが1960年に一つになった」と語られ、この独り娘と出会った1960年から「生涯で最も貴い……人類歴史始まって以来の最高の贈り物」と考えられた〝祝福〟を始められました。さらには、毎年、新年を迎えると発表される重要な「年頭標語」を決められるようになったのも、独り娘と出会われた1960年からです。すなわち、真のお父様は独り娘と出会われた1960年こそが「世界は1960年度から新しい歴史時代に入っていく」「60年以降の20年間は、歴史上で類のないほど、そのような激動と変化を迎えた期間だと見るのです。1960年度からサタン世界は、激しく揺れ動くのです」と、かつての人類歴史になかったことが成されるということを語っておられます。それは、独り子と独り娘が天を中心として出会われたからです。この時から、「祝福」を始め、すべてのことを始められたのが真のお父様なのです。
 真のお母様が、2020年11月11日、「独り娘に会う前に自己を中心とした判断で仕事を広げてはならない」と語られるのは、そのように真のお父様が取り組んでこられた事実を語っておられるのであり、真のお父様が成してこられたことを証ししておられるのです。また、これは人類に対する〝訓示〟でもあります。真のお母様が語っておられる「事を広げてはならない」とのみ言は、1960年から祝福を始められた真のお父様のみ言と一致しています。
 しかしながら、この部分は、このような補足説明があってこそ正しく理解できるものであり、真のお父様のみ言と一致している事実が認識できるのです。したがって、律法学者やパリサイ人らがイエス様の言葉じりを捉えようと狙っていたように、真のお母様が語られたみ言について〝揚げ足を取ろう〟とする「有志の会」のような人々がいるため、そのことに対する〝配慮〟からなされたことなのです。

 ②天一国は誰が開いたのか
 「お父様の聖和以後、天一国は誰が開いたの? (お母様です) お父様は聖和なさる前にすべて成したと言われた。ところで何をすべて成されたでしょうか? 真の父母の責任は、地上で天の父母様に侍らなければならない。侍る生活を人類の前に見せてあげなければならない」とありますが、これは基元節を迎える前に、真のお父様が聖和されたため、地上におられる真のお母様が「天一国宣布」をされたという事実について語っているのです。真のお父様は、最後の祈祷で「誰であっても父母様のあとに従いさえすれば、……地獄に行く者を天国に入籍させることができ(る)(天一国経典『天聖經』1645ページ)と祈られ、「地獄に行く者を天国に入籍させる」という真の父母としての責任を果たされました。しかしながら、実体的な天一国を成し遂げ、「地上で天の父母様に侍らなければならない。侍る生活を人類の前に見せてあげなければならない」という使命までは、地上で生きて果たすことはできませんでした。それを、真のお母様は果たして差し上げようと決意しておられるのです。事実、真のお父様は、「お母様が早くりっぱになって、天上世界の天国の門を私(お父様)よりも先にお母様が開かなければならないというのです。蕩減復帰の原則がそうなのです」(マルスム選集301-53)と語っておられますが、このみ言を見ても真のお母様のみ言は、真のお父様のみ言と一致していることが分かります。
 次に、「私は最近チョ・ハンジョの『ありがとう』という歌を聞いた。お父様が真の父母の立場で天上に行かれる前に、必ず私に言わなければならない言葉だ。真の父母として、夫として、父として言わなければならない言葉はすべて成したではなく、頼むと話さなければならない。それで私は、天の父母様の前に3年侍墓精誠を捧げたと言った。私は知っているから。それでも、地上に私がいるのでお父様ができなかったこと、私はすべてして差し上げると決心し、また決心した」とありますが、この箇所には翻訳が不正確な部分があります。「父として言わなければならない言葉はすべて成したではなく、頼むと話さなければならない」という部分は、正しくは「父として話さなければならないみ言は、『すべて成し遂げました』だけではなく、『お願いします』と話さなければなりません」というのが正しい翻訳の表現になります。
 ところで、真のお父様は、聖和される前に真のお母様に対し「ありがとう」という言葉を、機会があるたびに語っておられます(『トゥデイズ・ワールドジャパン』2012年10月号、71ページ)。
 また、真のお父様は、聖和される前に「私(お母様)の手を握って、『オンマ、ありがとう! オンマ、よろしく頼んだよ!』とも言われたのです」(『トゥデイズ・ワールドジャパン』2012年11月号、17ページ)。さらには、真のお母様は、聖和後の40日の精誠期間中に、真のお父様が霊界から「オンマ、本当に、本当にありがとう!」と真のお母様に対し語ってこられたことを、証ししておられます(天一国経典『真の父母經』1501ページ)。
 したがって、このみ言は、真のお父様がお母様に対し「ありがとう」「よろしく頼んだよ」と語られた事実について語っておられるのであり、真のお母様が真のお父様を証ししておられるみ言なのです。それを、真のお母様がお父様を批判しているかのごとく捉えること自体が、「有志の会」が何としても真のお父様と真のお母様が対立していたかの如く描き出そうとする〝幻影〟であり、真のお母様を貶めるための虚偽の主張であることを、はっきりと知らなければなりません。

 ③独り娘を受け入れられなかった元老について
 「特に統一教会の古い元老という人々。50生涯、60生涯、お父様だけ見てきた人々が、私が独生女だと言う時、受け入れられなかった。私が60年を耐えて待ってきた。よく耐えた」とありますが、「独り娘についてのみ言」を、すんなり受け入れた元老もいますが、そうではなかった元老がいた事実について語ったのです。これは、真のお母様が元老を讒訴しておられるのではなく、「耐えて待ってきた。よく耐えた」という天の心情に触れて語っておられるみ言なのです。真のお父様は、「お母様は聖霊です。聖霊に背いては、赦しを受けられないのです。再び生まれる道がありません」(マルスム選集233-87)と語っておられ、全人類が「赦しを受けられ(る)よう、真のお母様は忍耐して耐えて待ってこられたことを強調しておられるのです。

 「おかしな息子が出てきた」について
 「真の父母は永遠だ。これを正しく整理できずに行かれた方がお父様であるため、変な息子が出てきた。今後摂理の完成モデルは、独生女、真の母だ」についてですが、「これを正しく整理できずに行かれた」というのは、「これを正しく整理できずに逝かれた」と訳すべきものです。そして、「独生女、真の母だ」に続いて、真のお母様は「天一国時代を開きました」と語っておられます。ここで言う、「これを正しく整理できずに逝かれた」というのはお父様に対する讒訴ではなく、続いて「おかしな息子が出てきた」という言葉があるように、整理できなかったお父様の無念さを代弁して語っておられるのです。
 「おかしな息子」というのは、「逝かれた」という表現があることからして、おそらく顯進様のことを指しておられるのではないかと思われます。「第4アダム」でもないのに「第4アダム」を自称し、真の父母様の許諾なく教会の公的資産を売却し、自分たちの非原理的活動に注ぎ込んでいます。真のお父様が、(顯進は)もう、ずっと前に離れたんだよ、10年前に」「顯進は先生と同じ方向に向いていない。逃げ回っている。顯進が先生の方向に来なければならないんだよ」「顯進も、その気だったら1週間で(真の父母のもとに)帰ってこられるのに、何故、帰ってこられないのか? 先生は顯進を全く当てにしていない」(2010年7月16日のいわゆる「ボート会議」でのみ言)と語らざるを得なかった、まさに「おかしな息子」であると言わざるを得ません。これは、真のお父様の無念さを代弁したみ言であるとも言えるでしょう。

(8)み言の一次記録について
 教理研究院は、「『み言』の一次記録を管理する組織はどこであり、責任者は誰なのか」について、それは真のお父様と「最終一体」を成しておられる真のお母様に直接侍っている「世界本部」ではないかと考えます。「有志の会」は2020年11月11日のみ言に対し「懐疑の念」をもって見つめていますが、このみ言は、真のお父様のみ言と完全に一致しているものです。それは、真の父母様お二人が「最終一体」となっておられるからなのです。
 しかしながら、前述したように、イエス様に対し、その〝言葉じり〟を捉えて貶めようとしたり、真の父母様に対しても、言われなき〝誹謗中傷〟を繰り広げてきた反対派がいるため、み言を正しく世に伝えるには〝不要なつまずき〟を与えないように、細心の注意を払いつつ、その編纂には〝慎重〟を要するものです。そのような〝メシヤの道を直くする〟という洗礼ヨハネ的な使命を担っているのが、み言の一次記録を扱うものの責任ではないかと思う次第です。そのような意味において、真のお母様に直接侍る「世界本部」に対して、教理研究院は信頼を置くものです。
 「有志の会」がブログに掲載した郭錠煥氏の「トゥルーレガシーTV」は、教理研究院が「真の父母様宣布文サイト」で指摘してきたように、数々のみ言改竄をしており、このような〝虚偽の言説〟を垂れ流しにするような輩から、真理のみ言を守らなければならないと考えるものです。
 教理研究院が郭錠煥氏らのみ言改竄をいくら指摘しても、反論できずに逃げ回るか、厚顔無恥にだんまりを決め込む「有志の会」には、「韓女史のスピーチは、後世の人々が客観的に確認することができるようにするため、『文鮮明先生み言葉選集』のように全文が残されるか、もしくはノーカットの映像というかたちで残されていくのか?」だとか、「教理研究院の発表は『お母様のみ言』として到底信頼できるものではない」などという資格は、全くないと言わざるを得ません。

(9)『韓鶴子総裁御言選集』は、み言の改竄などしていない
 「有志の会」は次のように述べています。
 「<教理研究院が『韓鶴子総裁御言選集』から引用した2017年4月12日の韓女史の発言>
 『1960年4月11日は、原罪なく生まれた独り子と独り娘が万難を克服し、天のみ旨に従って「小羊の婚宴」を挙げた日です。天にとっては栄光の日であり、人類にとっては喜びと希望の日となったのです』
 韓女史が語られた意図を考えるためには、まず一次記録である編集無しの動画で韓女史が何と語られたのかを明らかにした上で議論しなければならない」
 「有志の会」は、まるで『韓鶴子総裁御言選集』が真のお母様の語られたみ言を改竄しているかの如く主張します。『韓鶴子総裁御言選集』は、み言の改竄などしておらず、「韓女史が語られた意図」を正しく伝えています。
 み言は、いかに一般の人にもわかりやすく、かつ誤解がないように正確に意味を汲みとって編集し、伝えるかが重要であり、それが編集者の務めであると考えます。
 韓国の鮮鶴歴史編纂苑は、「韓女史が語られた意図」を正しく汲みとって『韓鶴子総裁御言選集』を編集し出版しています。彼らの批判に対して、すでに教理研究院は2021年3月17日に「真の父母様宣布文サイト」に反論文を掲載しています。以下、反論文を引用します。

 『原罪なく生まれた独り子』とは真のお父様のことである――『引用部分に改竄の疑いあり』と批判する『ONE TRUTH有志の会』への応答・その3

 『ONE TRUTH有志の会』は2021年3月16日、彼らのブログに批判文を掲載し、『韓女史が無原罪だと語ったのは「イエス様と韓女史」であるにも関わらず、「お父様と韓女史」が無原罪だと読める文章に編集されています。これは改竄と言えるでしょう』などと述べています。
 ここで重要なことは、真のお母様が語られた『原罪なく生まれた独り子』とは、いったい誰のことを指しているのかという点です。
 このみ言は、2017年4月12日の『真の父母様のご聖婚記念日』に語られた真のお母様のみ言であり、1960年4月11日のご聖婚式について触れられたものです。
 『ONE TRUTH有志の会』は、これは『イエス様と韓女史』のことについて語っているのだと述べていますが、それは甚だしい曲解であり、完全な誤りです。
 真のお母様が定められた『真尊影(お写真)』を見ればわかるように、1960年4月11日にご聖婚されたのは、文鮮明・真のお父様と韓鶴子・真のお母様のお二人です。それ以外の誰と聖婚したと言うのでしょうか。
 ちなみに、サンクチュアリ教会は『真尊影』の真のお母様の部分を別の女性にすげ替えて、偽りの写真を作成していますが、まさか、UCI側は『真尊影』の真のお父様の側を改ざんしようとでも言うのでしょうか。驚きです。
 真のお母様が定められた『真尊影』を見れば明らかなように、真のお母様は『文鮮明・真のお父様』とご聖婚されたのであり、1960年4月11日について『天のみ旨に従って「小羊の婚宴」を挙げた日です。天にとっては栄光の日であり、人類にとっては喜びと希望の日となったのです』(2017年4月12日、『韓鶴子総裁御言選集1』55ページ)と語っておられるのです。
 したがって、2017年4月12日の『原罪なく生まれた独り子』とは、真のお父様以外にあり得ません。UCI側が広めてきたみ言改ざんに終始した金鍾奭著『統一教会の分裂』とは違い、韓国の鮮鶴歴史編纂苑および教理研究院はみ言の改ざんなどしていません

(10)「ONE TRUTH 有志の会」の意見に対するリンクを貼る?
 今回、「有志の会」は「教理研究院は正々堂々と、ONE TRUTH有志の会の記事に対してリンクを貼り……」云々などと要求しますが、リンクを貼るかどうかは自由であると思います。リンクを貼らないからといって、正々堂々ではないと言えませんし、貼ったからといって、正々堂々というわけでもありません。重要なことは、その主張の中身であり、価値なきものに対してリンクを貼る必要はないと考えます。
 むしろ、教理研究院が指摘したように、郭錠煥氏の「トゥルーレガシーTV」に対するみ言改竄の指摘に対し、一切答えようとせず逃げ回る「有志の会」こそ、正々堂々とは言えず姑息であり、恥ずべきと言わざるを得ないでしょう。

(11)「最後に」に対して
 「有志の会」は、「顕進様ご自身が、自らの母親の行く末について涙を流して心配し、真の家庭の再会を諦めておられない」などと述べています。こう述べる「有志の会」は、〝偽善の極み〟であると言わざるを得ません。なぜなら、2017年7月30日、彼らの施設である「韓国ピースセンター」にて、顯進様は真のお母様の「聖和」について触れながら次のように語っています。
 「彼ら(一般の人々)はお母様(の年齢)が70代の半ばだと知っています。最終的には、数年後になるにせよ10年後になるにせよ、あなた(顯進)が全て責任を持つようになるだろうと言うのです。これは世の中の人々(一般の人)が言ったことですよ。なぜ拍手するんですか?(笑い)もし、そういう計算をしなかったとしても摂理的観点から見ればそうなるのです。たとえお父様はここにおられなくても神様の摂理は私を通して動いています」
 このように、真のお母様の聖和を期待しているかのように、顯進様に付き従う人々は笑いながら拍手して聞いています。こういうのを、〝二枚舌〟と言うのです。UCI側の人々には、「偽善者よ!」という言葉が似合っていると言わざるを得ません。

以上