真の父母様の伝統を正しく相続するのが真の孝子(中編)


真の父母様の伝統を正しく相続するのが真の孝子(中編) 

3.「真の孝子」とは?

 B.「真の孝子」は、真の父母様の方法手段に従って目的を成就する

 顯進様のメッセージをみると、自分は神様、真の父母様の夢をかなえること以外には何もなく、また、父母様を支援することが目標と言われます。

 顯進様は、次のように述べておられます。

①「お父様、私は息子として、お父様の使命を助けること以外に、何も願うことはありません。……お父様、あなたの生涯の見本を通して、私は多くのことを悟ることができました」(『神様の夢の実現』356ページ、2008年3月23日の「特別書信」)

②「親孝行とは、父母の夢、希望をかなえてあげることなのです」(『心情文化』114ページ、2001年5月のメッセージ)

③「ご父母様を支援することは、私の生涯の一貫した目標でした」(『神様の夢の実現』97ページ)

④「私はお父様の息子であり、お父様が生命を懸けて来られた理想と原則に対して、私も絶対的に生命を懸けています。この一点は何ものも決して変えることはできません。たとえ何が起こったとしても、永遠の血統の絆は、消滅することも破壊されることもありえません」(2011年11月26日付、顯進様の書簡「全世界の統一コミュニティーの皆さんへ」)

⑤「生涯を通して、私は摂理を自分のものとし、お父様の教えの本質を体得するために最善を尽くしてきました。……私の摂理に対する決意は、私自身の神様に対する約束と決意に基づいているのであり、誰かから認められることや、組織や教会内での位置や肩書きなどとは全く関係がありません。この観点を理解できなければ、皆さんの多くは、私について聞いている事実歪曲を認識することができないでしょう」(前掲、書簡)

⑥「私は、常に理想家庭に根ざしたお父様の本質的な教えに賛同し、それに従って生きていきます。そして最後には、私が成し遂げることは、お父様の生涯の活動の『よき結実』となり、『神様の下の一家族』の夢を実現しようとする神様の摂理に導くようになると確信しています」(前掲、書簡)

⑦「私たちの最終的なゴールは祖国を見つけ出すこと、すなわち真の父母様を中心とした南北統一です!

だから、私は真の父母様を中心とした南北統一を実現するための12年間のゴールを設定したのです」(『心情文化の主人』100ページ、2001年3月10日のメッセージ)

 顯進様が言われる通り、真の父母様の「孝子になる」ということは、真の父母様の夢、願いをかなえてさしあげる子女になるということです。

しかし、そのためには、目的を果たそうとする「動機」だけでなく、「方法手段」も誤ってはならないのです。

すなわち、その「方法手段」は、父母様の願いである「神様の目的」を実現するための最も適切な方法手段によらなければなりません。それは、真の父母様の思考・計画・戦略・組織・実践と一致した方法手段なのです。

したがって、どんなにみ旨成就のためにと言っても、真の父母様の直接指示に従わず、独自に歩む行為は、真の父母様が成そうとしておられる摂理を妨げる結果となることがあり、真の孝子とはなりません。

確かに、「南北統一」は神様のみ旨であり、真の父母様の願いではありますが、そのための真の父母様の戦略があるにもかかわらず、その摂理と関係なく独自的に南北統一のために行動することは、かえって真の父母様が成そうとされる摂理の進展を妨げることにもなりかねないのです。

 真のお父様は、次のように語っておられます。

①「我々は今、『破れた国』という着物を縫い繕わなければならない立場であると例えてみよう。すると、この私は針であり、皆様は糸のようなものである。糸は針にくっついていなければ着物を縫うことができない。針だけいくら通っても駄目だ。で、針も重要であるけれども、糸もまた重要であるという事実を皆様は、はっきりと認識していなければならない。皆様と私が一緒になって、針と糸との関係を結び、そして破れているこの国、あるいは世界という『着物』を修繕しなくてはならない」(『御旨と世界』108ページ、1971年12月5日の御言「勝敗と現在」)

②「孝子は、百年たとうと千年たとうと、父母を離れてはいけません。『一緒にいたらいい!』と思わなければなりません。父母に『できるならば、私と千年、万年一緒にいたらいい!』と思わせる、そのような父母の心を引きつける者でなければ、孝子ではありません。父母の愛には……『その子供と共にいたい』という思いがあるのです」(『天聖経』「真の孝の生活」、2281~2282ページ)

③「孝子になろうとすれば、父母の心の方向と常に一致していなければなりません。孝子の道を行く人は、父母と掛け離れた行動をする人ではありません。父母が東に行けば東に行かなければならず、父母が西に行けば西に行かなければなりません。

行く目的を提示したのちに、行く途中で回れ右をすれば、一緒に回れ右しなければなりません。そこに異議があってはなりません。十度行き、十度回れ右をしたとしても、また回れ右して従っていかなければなりません。反抗すれば、孝子の道理を最後まで守ることはできません。父母が狂ったことをすれば、子供も狂ったことをしなければなりません」(同、2293ページ)

 

C.「真の孝子」は、真の父母様の御言の伝統を相続する

真のお父様は、まさに命懸けの闘いを経て「原理」を解明されました。したがって、私たちに対して、まず御言の伝統を正しく相続するよう願っておられます。

例えば、私たちが原理の言葉(概念)一つを語るときにも、それを貴重に扱い、絶対視するように願われます。反対に、自己流に言葉(概念)を変え、軽率に扱うことを叱責されます。

さらには、御言を各自が勝手に解釈することで、多くの教派(分派)ができることを心配しておられます。

①「伝統はただ一つ! 真のお父様を中心として! 他の誰かの、どんな話にも影響されてはいけません。先生が教えた御言と先生の原理の御言以外には、どんな話にも従ってはならないのです。

今、先生を中心としてお母様を立てました。先生が霊界に行ったならば、(地上においては)お母様を絶対中心として、絶対的に一つにならなければなりません。今、お母様が行く道は、お父様が今まで立てた御言と説教集を中心として、行かなければならないのです。他の言葉を述べるのを許しません」(1995年夏季号『祝福』85号、68ページ、1994年12月24日の御言)

②「私が一番嫌なことは何かというと、歳が40、50、60になると、自分の巣を作り、自分なりの観を持つようになることです。これはいけません。それで自分の観を持って評価しようとするのです。先生の御言の全体を消化して、霊界に行って評価しなければなりません。……先生の思想圏内に世俗の思想が入ってしまうことを嫌います」(1992年冬季号『祝福』75号、31ページ、1992年2月9日「真の父母様ご聖誕日の御言」)

 したがって、真のお父様といつも行動を共にし、父母様が成そうとされることに対して絶対服従し、また、真のお父様が解明された原理の御言を、どこまでも貴重視し、絶対視していくことが真の孝子の道理です。

御言を解明され、完成したアダムの立場におられる真のお父様の公認を得て、共に行動し、絶えず真の父母様から祝福された立場においてみ旨を歩んでいくこと。それが、真の孝子の行く道ではないでしょうか?