UCI側が広める金鍾奭著『統一教会の分裂』の〝虚偽〟を暴く(5)――書籍に散見する〝み言改竄〟の問題・その1


文責:教理研究院

注、真の父母様のみ言および『原理講論』は、「青い字」で、UCI(いわゆる「郭グループ」)側の主張は「茶色の字」で区別しています。

 UCI(いわゆる「郭グループ」)側が2016年秋頃から日本で集会を行って広めている金鍾奭著『統一教会の分裂』(日本語訳)には、真のお母様をおとしめる〝み言改竄〟や〝誤訳〟が散見します。

 まず、原本である韓国語版の『統一教会の分裂』は、み言を継ぎ接ぎすることによって真意を歪曲させる〝み言改竄〟を行っており、その歪曲した文章を日本語訳では、さらに自分たちに都合の良いように悪意を持って〝誤訳〟しています。以下、同書(日本語訳)に含まれる〝み言改竄〟や〝誤訳〟の問題を暴いていきます。

(1)み言を誤訳し、お母様にはトラウマがあったと思わせる

―お父様が17歳のお母様を利用して食べた?

 『統一教会の分裂』は、お父様の次のみ言を取りあげています。

 「統一教会は内外が一つになっていません。お母さん一人がどうしたわけか、そのことを残念に思っていません。そうであってはならないというのです。お母さん自身、今、何か先生に対し、少女の時に何も知らないことをよいことに、利用して食べたと考えているのです。そんな考えを未だに持っています。話せば、目をこのように大きく開けます。自分の目が上に上がろうとします」(127ページ。注、これは『統一教会の分裂』の翻訳文、マルスム選集597―163、2008年9月9日)

 このみ言を根拠に、金鍾奭氏は、「この言及により韓鶴子が17歳で創始者(注、お父様)に会い、血統復帰神話とも言うべき聖婚式を行った事件を天宙史的価値ではなく創始者に利用されたものと理解していたことが分かる」128ページ。注、太字アンダーラインは教理研究院による)と主張しています。

 そして、お母様がお父様から「利用されたもの」と理解していることに対し、お父様は「とがめていた」(127ページ)のだと述べます。

 さらには、同書の後半部分において、「17歳から救世主の妻として生きてきた人生そのものが彼女(注、お母様)にはトラウマであったという観点は、韓鶴子現象を正確に理解するのに必要な、失われたパズルのようなものだと筆者は見ている。韓鶴子のトラウマが本格的に現われ、創始者との葛藤として発展したのは、統一教会分裂の隠された原因であった」(282ページ)などと主張しています。

 しかし、以上のような主張は〝み言改竄〟と〝誤訳〟に基づいた、お母様をおとしめようとするための虚偽の主張に他なりません。

 金鍾奭氏は、『統一教会の分裂』(日本語訳)127ページで、前述したお父様のみ言を引用しており、そのみ言を、お母様が聖婚式についてお父様に「利用されたもの」と理解していたことを裏付けるみ言であるとします。

 しかし、このみ言をマルスム選集の原典で確認すると、これは、み言の前後の文章を隠して意味を誤読させ、読者を誤導しようとする悪意のあるものです。

 まず、そのみ言引用の部分とともに、以下、『統一教会の分裂』(日本語訳)から、その前後の本文を含めて今一度、示しておきます。

 「2008.9.9. モンゴル大会がまさに行われている最中のその日、創始者は意味深長な発言をした。統一教会が内外が一つになっていないと言及したのである。内とは『家庭』を指し、外とは『統一教会組織』を指していることは容易く理解できる。創始者が誰から何を聞いたのか正確には分からないが、創始者は韓鶴子をとがめていた。

 統一教会は内外が一つになっていません。お母さん一人がどうしたわけか、そのことを残念に思っていません。そうであってはならないというのです。お母さん自身、今、何か先生に対し、少女の時に何も知らないことをよいことに、利用して食べたと考えているのです。そんな考えを未だに持っています。話せば、目をこのように大きく開けます。自分の目が上に上がろうとします。(注、マルスム選集597-163、2008.9.9.)

 この言及により韓鶴子が17歳で創始者に会い、血統復帰神話とも言うべき聖婚式を行った事件を天宙史的価値ではなく創始者に利用されたものと理解していたことが分かる」 (127~128ページ)

 この『統一教会の分裂』の文章を疑わずに読めば、このみ言でいう「少女の時に何も知らないことをよいことに、利用して食べた」という部分は、お母様がお父様に対して「利用」されたという思いをもっておられ、それを、お父様が指摘しておられるかのように受け取れる内容となっています。ところが、実際のみ言を読むと、そうではありません。

 また、金鍾奭氏は、お父様はそのことに対しお母様を「とがめていた」と述べますが、これもとんでもない悪意のある主張です。

 以下、この問題に関する〝虚偽〟を暴きます。

(2)マルスム選集の原典を読んで分かる真実

①金孝南・訓母様に対する警告のみ言

 金鍾奭氏の間違った主張を理解するために、『統一教会の分裂』(日本語訳)が引用していない、前の部分のみ言を含め、かつ、文脈を踏まえながら正確に訳すと、次のようになります。

 「今からは先生自体を守ってくれなければなりません。誰が守りますか? お母様が守るべきです。訓母様は代理人です。そんな何か、切り盛りを考えることはできません。あるとしても、その思いは息子たち、後継者たちの前に譲り渡してあげなければなりません。そうなのです。

 訓母様はそのようになれば、寂しいでしょう! お父様の愛を夫の愛と換えるなんて…!サタン世界の愛! 家ではお父様の愛、離れては夫の愛です。革命です。革命をしなければなりません。そのようにして、持つようになった全てのものを子孫万代、後代に先祖たちのものであるとしなければならないのです。自分のものであると考えてはいけません。……(中略)……

 統一教会は内外が一つになりませんでした。お母様一人をどうにかするとして、残念には思いません。そのようにしてはいけないのです。お母様自身が今、何か先生に対し、少女の時に何も知らない者をつかみ、利用し食べたと思っているというのです。そんな思いを未だに持っています。話せば、目をこのように大きく開けます。自分の目が上がろうとします」(マルスム選集597-162~163)

 真のお父様がこのみ言を語られた2008年9月当時において、金孝南・訓母様が、〝清平摂理〟を通して築いた基盤は、天城旺臨宮殿、天正宮博物館をはじめ諸施設、そして先祖解怨、先祖祝福、霊人祝福など、実に大きなものでした。また、金孝南・訓母様は、真のお父様のすぐそばで侍ることができる立場にもおられました。

 そんな金孝南・訓母様に対して、お父様は、その立場を「誰が守りますか? お母様が守るべきです。訓母様は代理人です。……譲り渡してあげなければなりません」と語られました。

 そして、お父様のそばで「お父様の愛」を受けるのでなく、自分の夫のそばで「夫の愛」を受けなさいと語られたのであり、お父様(先生)自体は「お母様が守るべき」なのであって、「訓母様は代理人です」と指摘されたのです。そして、お父様は、「訓母様はそのようになれば、寂しいでしょう!」とも語られ、「持つようになった全てのもの」「自分のものであると考えてはいけません」とおっしゃられたのです。

 金孝南・訓母様の立場は、真のお父様の前に、言わば「愛の基」として、お父様の「愛を独占するかのような位置」におられたと見ることができます。ところが、自分が築いたと思っていた立場を手放し、真のお父様のそばを離れて、自分の代わりに真のお母様が現れたことを通して、金孝南・訓母様は「寂しい」という思いを感じるようになるだろう、と案じておられるのです。そして、そのような思いになる可能性をお父様はご存知であられ、そうならないように、お父様は金孝南・訓母様を真の愛をもって諭そうとして語られたみ言であると言えるでしょう。

 したがって、統一教会の「内」とは真の父母様を表し、「外」とは食口たち、特にここでは金孝南・訓母様を表しているものと考えられます。ゆえに、お父様が「統一教会は内外が一つになりませんでした」と語られたのは、統一教会における食口たち、特に金孝南・訓母様が、真の父母様と一つになっていないという意味であると言えるのです。

 ここで踏まえておくべきは、「お母様一人をどうにかするとして、残念には思いません」「そのようにしてはいけないのです」という2つの文章には、主語が省略されている点についてです。文脈から見るときに、「お母様一人をどうにかする…」「そのようにして…」の言葉の主語は、明らかに金孝南・訓母様であることが分かります。

 すなわち、この言葉の意味は、金孝南・訓母様が、お母様を「どうにかする」「そのように」するということなのです。そして、「残念には思いません」の主語は、真のお父様ということになります。

 結局のところ、文章の流れ(文脈)を通してこの部分を見ると、「金孝南・訓母様がお母様に対して、嫌がるような何かを行ったとしても、お父様は残念に思いません。しかしながら、金孝南・訓母様はそのようなことをしてはいけません」という意味のみ言として、お父様が忠告を込めて語っておられるものであることが分かります。

②お父様は、〝誰かの報告〟にふれて語っておられる

 次に、「お母様自身が今、何か先生に対し、少女の時に何も知らない者をつかみ、利用し食べたと思っているというのです。そんな思いを未だに持っています」の部分は、誰かが報告した内容であることが分かります。

 事実、著者である金鍾奭氏自身も、「創始者が誰から何を聞いたのか正確には分からないが」(127ページ)と述べていることからも、金鍾奭氏自身もこの部分が誰かの報告した内容であることを理解しているのです。

 その「誰から何を聞いたのか…」とは、文脈から考えてみると金孝南・訓母様である可能性が高いと言えます。したがって、誰か(おそらく金孝南・訓母様)がお父様に報告した内容を、お父様が全体の前でお話しをされたということになります。

 したがって、この部分を分かりやすく補足を加えて述べれば、お母様自身が今、何か先生に対し、少女の時に何も知らない者をつかみ、利用し食べたと思っているというのです。そんな思いを未だに持っています』(という報告を受けたことを、お母様に)話せば…」であると言えます。

 そして、そのようにお父様が話すと、お母様は「目をこのように大きく開けます」と言われるのです。ここで、お母様が目を大きく開けられるのは、びっくりした時、驚いた時の表情なのです。これは、決して、「目をそらす」でも「目をむく」でもなく、目を「大きく開け」られるということです。すなわち、お母様は、身に覚えのないことを言われて、びっくりしておられるのです。

 結局、これらの文章の流れ、前後を踏まえて読んでみると、この報告内容は正しい情報ではなく、〝偽りの告げ口〟であったことが分かるのです。それゆえ、「真のお母様は、身に覚えのない告げ口の内容をお聞きになられ、びっくりされて目を大きく開けられた」というわけです。

 著者の金鍾奭氏は、この部分が誰かの報告した内容であり、お父様の考えではないことを知っているはずです。だからこそ、彼は、「創始者が誰から何を聞いたのか正確には分からないが…」などと述べているのです。にもかかわらず、「この言及により韓鶴子が17歳で創始者に会い、血統復帰神話とも言うべき聖婚式を行った事件を天宙史的価値ではなく創始者に利用されたものと理解していたことが分かる」と断定し、「創始者は韓鶴子をとがめていた」などと、ありもしないことを述べています。

 これは、事実を歪めたとんでもない記述です。そして、彼は、お父様とお母様が葛藤しているかのように読者を誤導しようと、〝虚偽のストーリー〟を作文しているのです。

(3)聖婚式はお母様の誇り

 では、真のお母様ご自身は、聖婚式に対してどのように思っておられるのでしょうか。結論から述べると、真のお母様は、お父様とのご聖婚を、大変誇りに思っておられます。徳野英治会長は、真のお母様のみ言を次のように紹介しています。

 (2017年)4月12日(天暦3月16日)に韓国の天正宮博物館で開催された『真の父母様ご聖婚57周年記念式』に参加させていただきましたので、まず、記念式やその前後に真のお母様が語られた内容を紹介します。

 今回、真のお母様は、『今後、聖誕、聖婚、聖和の三つの記念日を柱として祝賀する』と明言なさいました。誕生、結婚、そして死(霊界への旅立ち)は、私たちの人生においても、誰もが主人公になる、三つの大きな節目です。ましてや、真の父母様のご聖誕、ご聖婚、ご聖和は、全人類にとって、歴史上、どれほど大切な日か、言葉では言い尽くせないでしょう。……(略)……

 そのご聖婚に、ご聖誕、ご聖和を加えた3つの行事が、今後、全ての名節、記念日の中心として祝われることを覚えておいてください」(『世界家庭』2017年6月号、17~18ページ)

 以上のように、真のお母様は「聖婚」のことを何よりも貴い日として、大切に思っておられることがよく分かります。お母様が、「聖誕、聖婚、聖和の三つの記念日を柱として祝賀する」と語っておられるように、三つの大切な柱のうちの一つである聖婚は、真のお母様にとって大変な誇りなのです。

 したがって、金鍾奭著『統一教会の分裂』(日本語訳)が述べる「韓鶴子が……聖婚式を行った事件を天宙史的価値ではなく創始者に利用されたものと理解していたとか、「17歳から救世主の妻として生きてきた人生そのものが彼女(注、お母様)にはトラウマであった」という記述は、真のお母様をおとしめるための、極めて悪意ある〝虚偽〟であることが分かります。

 ちなみに、真のお母様は、ご自身が17歳のご聖婚のときに、固く〝決心〟されたことについて、次のように語っておられます。

 「私は、神様の摂理歴史を思いながら成長してきました。私が満17歳でお父様に出会った時、『神様が大変な苦労をして歩んでこられた蕩減復帰摂理歴史を、私の代で終わらせる。私が終わらせる』と自ら決心しました(天一国経典『真の父母經』192ページ)

 「私は、『お父様が再臨主として使命を完成、完結したと宣言するためには、私の力が絶対的に必要だ。私は誰にも任せることなく、私自ら責任を果たす。私が生きている限り、このみ旨は発展し、成功する。サタンを必ず追い払う』と決心しました(同、193ページ)

 以上のように、真のお母様はお父様との「聖婚」に際して、固く決意しておられたのです。このような、お母様の〝決心〟の強さを誰よりもご存じであられた真のお父様は、その点について次のように語っておられます。

 「私がお母様を称賛するのではなく、お母様に良い点が本当に多いのです。素晴らしいというのです。それゆえに、そのようなものをすべて見て、お母様として選んだのではないですか。顔を見れば分かるのです。慎ましいのですが恐ろしい女性です。一度決心すれば、最後まで自分一代でこの複雑な恨の峠をすべて清算するという決心が、私よりもお母様がもっと強いのです。先生は、今70を超えたので、ごみ箱の近くに行きましたが、お母様は、今ごみ箱を収拾してそれをすべて掃除することができる主人になったので、先生よりもお母様をもっと重要視することができる統一教会の食口になれば福を受けるのです」(『生涯路程⑩』351~352ページ)

 このように、お母様は「聖婚」に際して、真のお父様の前に「お父様が再臨主として使命を完成、完結したと宣言するためには、私の力が絶対的に必要だ。私は誰にも任せることなく、私自ら責任を果たす」と固く決意しておられたのであり、真のお父様もそのようなお母様をご覧になられ、「お母様に良い点が本当に多いのです。素晴らしいというのです。……一度決心すれば、最後まで自分一代でこの複雑な恨の峠をすべて清算するという決心が、私よりもお母様がもっと強いのですと語っておられ、お母様を称賛しておられるのです。

 したがって、金鍾奭氏がお母様について述べている「少女の時に何も知らないことをよいことに、利用して食べたと考えている」とか、「17歳から救世主の妻として生きてきた人生そのものが……トラウマであった」などという記述は、完全な〝作り話〟に過ぎません。

 このような〝み言改竄〟や〝誤訳〟が散見するこの書を広めていくUCI側を支持する人たちは、真のお母様に対する信仰が崩壊した人であると見ざるを得ません。

 また、真のお父様に対する信仰についても同様であると言わざるを得ません。なぜなら、真のお父様を心から敬い、侍る気持ちの満ちた人には、このように平然と〝み言改竄〟や〝誤訳〟をするなどということはあり得ないはずだからです。

 特に、問題なのは、この著者や翻訳者たちが、み言の原典(マルスム選集)に当たってみることで、その意味を知っていながらも、その意味をわざと隠したり、改竄したりして論述しているという点です。「真実」を書こうと心掛ける人にとって、〝み言改竄〟や〝誤訳〟が絶対にあってはなりません。

 そしてまた、このような事実(み言改竄、誤訳等)を知った後において、なおもこの書を広めていこうとする人の場合についても、それは真の父母様の位相をおとしめようとする〝共謀者〟の立場に立つのであり、天に対する反逆行為であると言えるでしょう。

 この書の冒頭には、「読者の方々へ」と題して「本書は宗教学研究の内容です」と書かれています。しかしながら、このようにマルスム選集の原典に当たって検証してみると、この書では、お父様の語られたみ言の真意と大きくかけ離れた主張が平然となされており、とても学術的な研究書であるとは、到底言うことができません。

 この書は、お母様をおとしめるという目的をもって書かれた、悪意に満ちた、客観性のない〝悪書〟であり、小説に過ぎません。

 私たちは今、このような悪意に満ちた書物に騙されることがないよう、神様と私の関係において「正午定着」を成し、真の父母様と心情と事情を完全に一つとする自らを備えていかなければなりません。