サンクチュアリ教会を支持する人々の言説の誤り(文書資料)


真のお父様の聖和後、3年間は喪に服することを願われた真のお母様の指示に反し、2015年1月18日、元世界会長がYouTubeで『沈黙を破って』を公開しました。

その後、本部幹部たちへの批判と真のお母様への批判を開始しました。

①天一国経典『天聖経』に対する批判
②天一国の歌に対する批判
③家庭盟誓に対する批判
④天の父母様の呼称に対する批判
⑤祝福聖婚問答に対する批判
⑥清平 に対する批判

亨進様が、2015月2月8日に、『解任令 宣布文』と題して、次のように語られました。

「天一国の万王の王であられるメシヤにより相続者として冊封(さくほう)され、私、文亨進はここに宣布する。万王の王、メシヤ、真の父母の中心の改訂・編集・削除する異端的な背反の行為に、直接または間接的に同参した理由により、次の者に天一国のすべての公的職分からの解任を命ずる。 ……
すべての国家教会指導者たちは……天一国民たちにどんな権威もないことを命じる。 ……真の父母様の相続者が承認しない新しい教典とすべての異端的宣布文、伝統…はすべて無効……。」(2015.2.8)

次に、亨進様の語られている断片的メッセージを紹介します。

「あなたを神聖冒涜しながら、永遠な伝統と八大教材教本、天一国家、天聖経、あなたのすべてのものを削除、削除、削除しながら、自分たちを正当化しながら、今は全世界が、その一人のオモニにより、韓氏オモニの堕落で滅亡している事を見ています。その韓氏オモニの責任失敗に従って今からは世界が審判を受ける事を知っています」(2015.7.14)

アボジが私のオモニを地獄に送る事を願わないから私がこう言うのです。……このようにアボニムに背反すれば地獄へ行きます。……言わなければ、皆さん、オモニは永生が失われます。わかりましたか?」(2015.4.7)

「私たちはアボニムに対する十字架の道、生涯、ある行動をされたとき、霊的な目で見なければ。摂理的に理解すべき」(2015.4.28)

「霊的な目で見なければ。摂理的に理解すべき」と語られていますが、どのような摂理観をもって理解すべきなのでしょうか。

 

一、正統か異端か
1.分派の特徴は、「自分たちだけが正統であり、自分たちに反対する者は異端」と見ます。

ある一つの出来事があったとします。たとえば、真のお母様が神様に対する呼称を「天のお父様」から「天の父母様」に変えるよう指示されました。
その出来事をどのように捉えるかは、それぞれの原理観・摂理観・信仰観によって異なってきます。
そしてそれぞれの観点によって、その評価も違ってきます。
今日、分派と言われるグループには幾つものグループがあり、みな自分たちが神の摂理の中心であり、すべての教会員たちを救わなければならないと主張しあって対立しています。サンクチュアリ教会の言動に対し、郭グループも批判しています。しかし、冷静に考えてみたときに、正統なるものが多く乱立し対立しあうということは、起こり得ることなのでしょうか。

 

A.「正分合作用」が教えている、神の創造目的を実現するために必要な要素image1

正分合作用の事例はたくさんありますが、ここでは、目的を果たそうとする人間と目的を実現するための方法手段の場合について説明します。

a.まず第一に、神の御旨成就のためにという心情の動機に基づいた目的観と主体性を持った人間が必要です。

b.第二に、神の御旨成就のために最も適切かつ必要な方法手段としての思考・原理観・摂理観に基づいた計画・戦略・組織・実践が必要です。

 

B.正統性の根拠は神霊と真理との一致

原理においては、「自分たちの心情の動機に基づいた目的観と方法手段は神霊と真理に一致している」と考えます。すなわち、心情の動機がいかに御旨成就のため、不正を正すためとはいえ、神の愛を中心とした神霊と真理に立脚した思考・原理観・摂理観に基づくものでなければ、正統性を主張することはできません。誤った原理観・摂理観に基づくものであった場合には、神の願いにかなった結果はもたらされないのです。

 

二、サンクチュアリ教会の言説の誤り

サンクチュアリ教会の言説は神観、真の父母観、摂理観において正統とはいえない独自な見解になっています。

●サンクチュアリ教会の言説 その1
「真のお母様は神様に対する呼称を『天のお父様』から『天の父母様』に変えた」

亨進様は、「お母様の指導のもと、…一神教から二元論に変えられ、天一国憲法から『原理講論』が除外されました」(2015.7.19)と語られています。

 

1.『原理講論』での「神観」

『原理講論』では、神様について次のように記されています。

①「被造世界を創造される前には、神は性相的な男性格主体としてのみおられたので、…我々は神を父と呼んで、その格位を表示する」 『原理講論』p.47

②しかし、一方では「神は陽性と陰性の二性性相の中和的主体としてもいまし給う」(『原理講論』p.46)とも記されている。

 

2.この事に関する真のお父様の御言

①「神様は、神様の中にある男性の性稟を集めて男性を造られ、女性の性稟を集めて女性を造られた」(1971.2.17)八大教材・教本『天聖経』p.1567

②「神様が男性格主体であるだけでは、絶対ではありません。相対的な何かがなければならないのです。天地父母天宙安息圏に入らなければならないのが絶対『性』ですが、天だけではできません。神様が一人で絶対『性』と言うことはできません」(2009.5.8)『真の父母経』5・4・5・26

③「『原理』を見れば、神様が二性性相の中和的存在だというでしょう。…そこに、愛を中心として統一的存在だ、ということを添付しなければなりません」(1991.11.12) 八大教材・教本『天聖経』p.1564

④「祈祷するときに、私が神様に対して『天のお父様』と呼ぶのが父親だとすると、母のいない父がありうるのか?」(2011.1.22)

これらの御言をみれば、神様が「陽陰の二性性相の中和体としての神」「父母なる神」であると説明されています。
では、 なぜ「神を父と呼んで、その格位を表示」 (『原理講論』p.47)し、また、これまで祈りをするときに「天のお父様」と呼んでこられたのか。その理由について『原理原本』には次のように記されています。

⑤「今まで神様を父なる方として、母のいない父として歴史を通してきたことを人間は知らなければならない。母のいない父なる神様であった…それゆえに天の父と母の成立がなされてこそ子女の家庭組織成就が始まる事ができる」 『原理原本』 第三編第四章

すなわち神の創造目的である「真の家庭の拡大による天国実現」を成就するためには、「天の父と母の成立」が必要でしたが、メシヤを立てることができても、「真の母」を立てることができなかったがゆえに、「母のいない父として歴史を通して」こざるを得なかったというのです。
しかし真のお母様の勝利によって、今日、神様を「天の父母」と言える時代になったため、呼称を変えられました。
サンクチュアリ教会では、神様が男性神であるという固定観念を持ってしまったため、「天の父母」と呼ぶことは二元論だと見てしまったのです。

 

3.より発展される真のお父様の御言を学ぶ必要性

①「先生を信じて慕う心は、いつも同じ基準にあるのですが、先生はどんどん発展していくのです。ですから自分自身がもっと慕おうとしなければならず、昔慕っていたそのような慕う基準を中心としては、もう慕う心が出て来ないのです。それゆえに、出会いの場を失ってしまってはいけません。心が遠くなれば遠くなるほど、もっと近くにいこうと、より御言を学ぶようにという事です」(2006.1.1)

このように、真のお父様が発展していかれるため、その都度、より新しい御言を学ぶ必要性を訴えておられました。

 

4.革命的な「父母なる神」に関する御言

①「人間創造とは、神様御自身が成長してきた事を実際に再度展開させてきたものです」(1992.1.20八大教材・教本『天聖経』p.1590)

②「神様も赤ん坊のような時があり、兄弟のような時があり、夫婦のような時があり、父母のような時があったので、(人間を)そのように創造されたのです」(1994.2.15 八大教材・教本『天聖経』p.1591)

③「アダムとエバが真の愛で完成することは、まさに神様が実体を身にまとう願いが成就するのです。…アダムとエバが善なる子女をもって真の父母になることは、まさに神様が永存の父母の位を実体的に確定(することです)」(1996.9.10 『救援摂理史の原理観』)

④「地上天国は、実体としての真の父母様とともに生活することであり、天上天国は永遠なる神様を父母としてともに生活することである…。…アダムとエバが天上天国に行ってどうなるかと言えば、神の御座に立ち神の位置に立つのです。彼らは主体的霊的主人公として現われることになるのです。ですから、霊界に行けば『天のお父様』だけいらっしゃるのでなく『天のお母様』もいらっしゃることになるのです。お父さんとお母さんがそろわずして一人で子女を生むことができるでしょうか」(1977.1.1)

⑤「真の父母様の戴冠式(2009年1月)と金婚式の持つ摂理的意味は実に途方もないものです。…これ以上、実体の神様として役事される真の父母様と無形の神様を区別する必要がない、地上・天上天国が実体的に皆様の目の前に広がる新しい時代圏が開かれています」(2009.6.1)

これらの御言から、真の父母様が最終一体を成して基元節を迎えるまでは、神様を「天の父母様」と呼ぶことができなかったことが理解できます。それゆえ、真のお父様が聖和される以前に最終一体を成された上で、真のお母様が天一国基元節出発に際し、神様を「天の父母様」と表現するよう指示されたのは、真のお父様の御言に基づき、摂理的勝利の上で成されたことなのです。

 

●サンクチュアリ教会の言説 その2
「真のお母様は、真のお父様と一体化せず、人類の真の母として使命を果たせなかった」

1.真のお母様が勝利されたか否かを判断する権限を持っているのは誰か?

真のお母様が勝利されたか否かを判断するのは、神様であり、真の御父様であって、それ以外の、いかなる人物でもありません。子女様や弟子たちではありません。

『原理講論』の『予定論』にあるように、「復帰摂理の目的の完成」という神の御旨に対する予定は絶対的です。

「もしこの御旨のために立てた人物がそれを完成できなかったときには、神はその代理として、他の人物を立ててでも、最後まで、この御旨を摂理していかなければならない」 (『原理講論』P.241)

それゆえ、イスラエル民族の不信ゆえに、イエス様が生きて神の御旨を成就できなくなったときに、神様はイエス様を祭物にしてでも、再臨主による人類救済の道を切り開かれた。そのために、イエス様は再臨に関するメッセージを残し、十字架の道を歩まれた。そしてメシヤとしての責任を果たし終えた後に「すべてが終わった」と言われ、息を引き取られた(ヨハネ19・30)。

真のお父様は、万が一、真のお母様が「真の母」として勝利できなかったと判断された場合には、メシヤの責任として、聖和される前に別の新たな女性を真の母として立てなければなりません。そこまで責任を持たれるのがメシヤなのです。しかし、そのような痕跡は皆無であり、むしろ真の父母様が最終一体をなして完成、完結、完了の宣言をされ、再臨主以降の摂理の延長はないことを語られました。

①「2010年天暦5月8日(陽6月19日)午前2時20分と、5月15日(陽6月26日)午前3時25分、このように両日にかけてアメリカのラスベガスにおいて神様を中心とした天地人真の父母様の特別宣布が行われました。…すでに真の父母様ご夫妻は最終一体をなして、完成、完結、完了の基準で、全体、全般、全権、全能の時代を奉献宣布されたのです」 (2011.4.24 韓国・仁川)

 

2.真のお母様の勝利を公認された御言

①「私が死んでも(お母様には)統一教会を導くことができる能力もあるので、お母様が説教する時が来るのです。‥‥そのような時は、(お母様に)絶対服従しなくてはなりません」(1989.3.1、188-319)

②「今、先生を中心としてお母様を立てました。先生が霊界に行ったならば、お母様を絶対中心として、絶対的に一つにならなければなりません」(1994.12.24)

③「お母様を中心として皆さんが一体になっていかなければならない時が来ました。もう先生がいなくても、お母様が代わりにできる特権を許諾したというのです。お父様がいない時は、お母様のことを思わなければなりません。そのように理解して、先生の代わりにお母様に侍る心を持ち、祈祷もそのようにするのです。
今までは先生を愛してきましたが、これからはお母様を愛さなければなりません。これからはお母様の時代に入っていくことを理解して、特に女性たちはそのようにしなければなりません。ここにおいて、先生が第一教主であれば、お母様は第二教主であると世界的に宣布し、天地に宣布します」(1994.11.27)265-310

④「今や先生がいなくてもお母様だけいても、み旨に何の支障もないのです。…それゆえ、先生が一人でいても父母様の代身であり、お母様が一人でいても父母様の代身です。…それで先生が第一教主、その次にはお母様が第二教主だというのです」(1990.3.27)

 

3.真のお母様の勝利の否定は真のお父様の勝利の否定

メシヤの一番の使命は人類の真の母を立てることです。イエス様は真の母を立てることができませんでした。真のお父様が勝利した真の母を立てられなかったという言説は、真のお父様の勝利を否定することになります。また父母様の結実としての子女様の立場や位置も否定し、すべての祝福家庭の価値も否定することとなります。自分たちの言説の行きつくところが、結局、自分たちの立場や位置も否定することになることを気づいておられるのでしょうか。

 

4.「完成 完結 完了」の意味image4
基元節までに真の父母様が最終一体を成し、『八大教材・教本』などを準備し、人類子女たちを勝利させて国を復帰すべきでした。しかし、子女たちの責任が果たせず、その願いは現実のものとして実現することができませんでした。しかし、そのような中でも天一国を創建するための真の父母様の責任分担は果たされました。
その結果、再臨主の再臨は必要なく、悔い改めて真の父母様の伝統を相続した子女たちによって勝利圏が拡大され、必ず神の御旨が成就する道を開かれました。それゆえに真のお父様は「完成 完結 完了された」と言われたのです。

 

●サンクチュアリ教会の言説 その3
「2015年8月30日に亨進様夫妻の第二代王権戴冠式が挙行された」
「王の王であるメシヤから後継者として認定されたのは亨進様」

サンクチュアリ教会の李鎬宅氏(天正宮で6年間勤務)は、「摂理的同時性からみた危機的状況とその対策」(メイン講義)の中で、次のように説明している。image5

「皆さんが知らなければならない事は、独生子と独生女は独生児を生んで、神様の絶対的な直接主管圏をつくるのが目的であるという事です。それで、2008年、2009年の万王の王解放圏即位式をしてからは、お父様の代身者である亨進様は神様の直接主管圏に入ったので、独生子や独生女よりも独生児(亨進様)を中心に神様は摂理される」

「皆さんは、自分がいて自分の子供がいたら、息子に相続させるでしょう? 自分が死んだら妻に相続させますか? とんでもない話です。これが摂理です。

朝鮮王朝500年の間に、なぜ生まれたか知っていますか? 王権の血統的な基台を立てるためです。朝鮮王朝500年の間、王権に対して絶対服従するように韓民族を教育し、その基台の上でメシヤが来ることができたわけです。

ところで、その世子、世孫が成長して王になり、その王が高齢になって太王になります。その太王は、王を中心とした摂理(国政)の手助けをするのです。それで、世子が王になった瞬間にその兄弟たちはどうなりますか? 君(王の従臣)になるのです。臣下になることです。UCIなど多くの出来事がありましたが、(亨進様が)代身者になられた瞬間に、ご子女様といえども君となり臣下となるのは、復帰摂理の歴史です」

2015年8月30日には、カインの立場にあるという國進様夫婦がアベルの立場にあるという亨進様夫婦に王冠をかぶせています。

 

1.「人類の真の父母」は永遠に「真の父母様」のみで、「真の父母様」の後継者もない

①「真の父母の二代、三代、四代が出てくることがありますか?このような世俗的な王系統の二世、三世、このように出てきますか? … 『第二の真の父母様』はありません。後継者はないという話です」(TM  2015.3.11)

②「来られる再臨主というのは、一次の真の父母となれなかったアダムとエバと、二次の真の父母となれなかったイエス様が残した御旨を成就する、三次の真の父母です。それ以上は延長できません。…アダム家庭の癌の病原菌がまいたものを根から抜いてしまう人は、私しかいません」(2006.1.1)

③「『真の父母』という人が来て、神様のように数千年間かけて役事するのではありません。┅アダム家庭が、一代で勝利できなかったことを歴史的に総蕩減して、先生一代で整備しなければならないのです」(2011.4.18)

④「真の父母というのは一組しかいないのです。 ┅歴史に初めて登場した、空前絶後の真の父母が顕現した時代が成約時代であるというのです」(1993.10.1 八大教材・教本『天聖経』、p.2400)

「天一国(天宙平和統一国)」における王と女王は地上においても霊界においても永遠に真の父母様一組であって、それ以外の者に引き継がれること自体がありえないことなのです。

 

2.家庭連合の責任者を誰にするか、その決定権は真の父母様が持っておられる

1998年7月19日、真の父母様が顯進様を「世界平和統一家庭連合」世界副会長に就任させましたが、その後の動向を見られ、2008年4月18日に文亨進様を世界平和統一家庭連合世界会長および韓国会長に就任させました。

それは真の父母様が決定されたのであって、真の御父様のみで決定されたのではありません。したがって真の御父様が霊界に行かれた現在、動向の変化によってどうされるか決定権を持っておられるのは真のお母様です。

その後、真のお父様の聖和後の3年間は、真のお母様が國進様・亨進様に対し、喪に服すことを願われました。

ところが2015年3月から亨進様が独自な批判的動きを開始されたため、真のお母様の権限で、文善進様を世界会長にされました。したがってそれ以降の亨進様には世界会長の位置はなく、亨進様が2015年2月8日に世界に向けて発表した解任令宣布はすべて無効であり、江利川氏に発令された日本の総会長および会長という人事発令も一切、公認されるものではありません。

 

●サンクチュアリ教会の言説 その4
「基元節以降の真のお母様を中心とした祝福は無効で、サンクチュアリ教会での祝福のみが有効な祝福だ」

2015年8月30日に、サンクチュアリ教会で独自の祝福式が行われました。

 

1.祝福結婚の主礼は真の父母様、もしくは真の父母様によって主礼を委譲された者のみが代行できる。

①「天の真の血統をもってこられた真の父母様を通して祝福結婚を受けることが正に真のオリーブの木に接ぎ木される恩賜です。‥‥血統は、父母が子女だけに与え得る特権中の特権です。 ‥‥真の父母様が許諾された聖酒式を通して血統転換をし‥‥真の家庭を探し立てられる道が大きく開かれました」(「平和メッセージ1」)

 

2.「勝利された真の父母」がおられて初めて「真の父母」の代身による祝福の委譲も可能になる

①「父は一人でどうして子女を生むことができるだろうか。堕落した子女を、善の子女として、新たに生み直してくださるためには、真の父と共に、真の母がいなければならない」( 『原理講論』 P.264~265)

②「メシヤは人類の真の父母として来られなければならない。‥‥真の父母として来られなければならない理由は‥‥人類を重生させ、その原罪を贖ってくださらなければならないからである」(『原理講論』P.277)

③「真の母がサタンに奪われたので、本来の人間(メシヤ)は、死を覚悟してまでもサタン世界から奪い返してこなければなりません」(1968.7.14)『祝福家庭と理想天国』(Ⅰ)p.561

④「神様の独り子はいたのですが、独り娘がいません。独り娘に出会うことができなかったので、神様の初愛をすべて受けることができる独り娘に出会うために、イエス様は再臨するのです」(1971.2.17)

⑤「血統転換するには、結婚する前のお父さんの骨肉に潜む子供の種と心情一致する基準を得た後に、お母さんの胎中を通して再び生まれて来たという条件を満たさなければなりません(1988.11.2)

⑥「神様と真の父母、すなわち縦的な真の父母と横的な真の父母の二つの真の父母が一つになって、初めて私が出てくるのです。言い換えれば、神様は縦的な真の父母であり、完成したアダムとエバは横的な真の父母になり、その二つの父母が一つになった基台の上に私の心身統一が成され、天国と神様が連結されるということです。したがって、神様と真の父母に侍らなくては何もできないという結論を下すことができます」(2007.6.13)

真のお母様を失敗者とみれば、「勝利された真の父母」は存在せず、人類への祝福の摂理は不可能となります。ましてや他の者に祝福の主礼の委譲などできるはずもありません。結論として、真のお母様を失敗者とみることによって、サンクチュアリ教会での祝福を自らの手で全く無効なものであることを証明してしまいました。

 

3.サンクチュアリ教会の「祝福式」の、もう一つの矛盾

真のお母様が失敗しても、真のお父様と一体化した子女様がおれば、その子女様に、すべての権能を相続させることができるのでしょうか。

もしそのような事が可能であれば崔先吉女史が不信しても、真のお父様と一体化された聖進様を中心とする人類救済の摂理が推し進められたはずです。そうすれば、それ以降の延長された摂理は一切必要ではありませんでした。しかし、そのような摂理は一切なされることはありませんでした。真の母が立たなければ祝福の摂理は不可能なのです。

 

●サンクチュアリ教会の言説 その5image6
「お母様の指導のもと、『天聖経』は80%変えられ、天一国の歌、家庭盟誓、聖婚問答も変えられた」2015.7.19

1.八大教材・教本と「天一国の経典」

八大教材・教本は、『家庭盟誓』と、『マルスム選集』を土台にした各テーマごとの4冊と、体系的教理を扱った『原理講論』『世界経典』の三種類に分類されます。

その中で御言に関しては、『マルスム選集』が土台となっています。本来ならば世界のすべての人々が韓国語の『マルスム選集』を学ばなければなりませんが、それは現実的には難しいため、そこからテーマごとに抜粋された『天聖經』をはじめとする4冊の御言集が創られました。

そして本来、真のお父様が生存しておられる時代に、八大教材・教本をもって、基元節までに神の国家を創建するはずでした。しかし、その願いは実現されることはありませんでした。

そのため、2020年までに神の国を復帰する新たな摂理を再出発する必要がありました。そのため真の御母様は、2000年までの御言から抜粋した先の『天聖經』を土台に、2001年以降の御言を加えて編集し直した天一国の経典として『天聖経』、さらに『平和経』『真の父母経』を出版されました。

分派の多くは、新たな天一国の経典としての『天聖経』の出版に対して、御言を改ざんしたとして批判しますが、「御言の改ざん」とは、御言そのものを、意味の異なる別の言葉に勝手に書き変えてしまう事をいいます。真のお母様は掲載する御言を入れ変えられただけであり、御言そのものを手直ししたのではありません。二冊の『天聖經』に掲載された御言はどれも貴重な御言集であり、『マルスム選集』にもともと掲載されている御言をそのまま引用したものです。

ただ八大教材・教本『天聖經』(初版)が出版され、何度か修正された後においても、さらなる修正の必要性を真のお父様は語っておられました。また『天聖經』の続編の出版についても言及しておられました。

①「今日は、『天聖經』に対する内容ですが、私がこれに修正することが多いのです。『何ページ、何ページを正しく直すのです』という声が聞こえてきます」(2009.4.27)

②「『天聖經』、これが先生が今、出版したのが、400巻を中心として抜き出したのです。今から1200巻となるのであり、 ‥‥ 『天聖經』1巻、2巻、3巻まで出てこなければなりません」2007.11.27)

③「まだ発表していない『天聖經』2巻、あるいは3巻となり得るものが待っています」(2008.9.25)

また『マルスム選集』はまだ完結しておらず、今後、未掲載の多くの御言がそこに加えられなければならなりません。

④「先生が語る御言は全部遺言にして残さなければならない」『祝福家庭と理想天国』(Ⅰ)P.241

これらのことについて真のお母様は責任を持たなければならなかったのです。

 

2.『真の父母經』の必要性image7

①「原理の御言、先生の生涯のあらゆる記録を天理の根本として理解し、そこに符合する生活をしなければなりません」(2000.10.27)『真の父母經』12・1・1・14

②「先生はこの道を開拓して、復帰の公式を確立したのです。あとに続くあなた方はこの公式をよく理解して、それを応用して歩みさえすればいいのです」(1977.4.18)

③「原理はイエス様までを説明しているため、イエス様以後、先生に関することを皆さんは知りません。それゆえ皆さんは、これから本当に勉強すべきことが残っているのです」(1971.1.10)

④「原理に添付されなければならないものは、統一教会の歴史とその中に先生の歴史が入らなければならない」(1982.4.26)

⑤「先生が生きている時は先生の歴史を書きませんが、先生が死んだ後には先生の歴史を書くでしょう」(1970.8.11)天一国経典『天聖經』p.1005

 

●サンクチュアリ教会の言説 その6
「亨進様家庭を信じないと、信徒は地獄へ行く」

神様も真の父母様も、堕落人間たちに対する審判ではなく、その救いのために歩んでこられた方です。怨讐までも愛するのが真の愛であることを真の父母様は教えて下さったはずです。その愛の伝統とはあまりにもかけ離れた言説ではないでしょうか。

①「自分の愛する者を打って怨讐の子供たちを救うのが神の愛の摂理である。だから神は愛だよ。神が自分に忠誠を尽くす僕とか…をみな死の境地、血を流すような境地に落として、彼らが犠牲になる事によって…世の中の人を救っていく」(1967.7.10)

②「北韓の獄中から解放された時、一時間も行けば家族に会えるそのような立場にありましたが、会う事はしませんでした。それ以来、先生は、先生を深く愛していた母親、そして兄に会う事はできなくなってしまいました。共産主義者の犠牲になってしまったのです。先生は自分の親や兄弟を捨てて、見知らぬ人々を集めてやってきたのです。こうしてそれゆえに、皆さんがここに来るようになったのであります。先生は皆さんと会うためにこうしてやって来たのです。これが統一教会の歴史であります」(1973.7.1)

③「父母の心は、死地に向かう子供を呪う事はできません。十字架を背負ったとしても、子供を生かしてあげられる道をかき分けていくのが父母の心なのです。ですからすべての十字架を先生が背負い、子供である皆さんを生かしてあげ、行かなければならなかったのです」(1970.10.19)

 

三.最後に

1.試練を超えるための秘訣は神霊と真理の体恤

『原理講論』では、神霊と真理について、次のように記されています。

①「神は、堕落によって無知に陥った人間を、神霊と真理により、心霊と知能とを共に開発せしめることによって、創造本然の人間に復帰していく摂理をされるのである」『原理講論』P.169

また、2006年1月1日に、真の御父様は、分派からの災いを避ける秘訣について心霊と知能の両面から次のように語られています。

②「何かが良いからと言って、誰もが行くからと言って、行ってはいけません。…皆さんは『原理』の御言を知らなければ、すぐに引っかかって倒れる人が多いでしょう。あらゆる災いを受ける人が多いのです。 …災いを避けるただ一つの秘訣は何かといえば、文先生を忘れない事です。…サタンが…妨げる事ができないものは…真の父母を慕う心、会いたいと思う心です」(2006.1.1)

 

2.心霊が主体で知能が対象ゆえにもたらされる状況

心霊が主体で知能が対象ゆえ、真のお母様との心情的関係が深まれば忠誠心が強まり、逆にこじれれば批判的となる。どんなに論理的誤りを指摘しても、こじれてしまった心情的関係を修復しない限り、問題解決はしません。さらに真のお母様との心情的関係よりも、もっと強い他との心情的関係をつくれば、その関係を優先することになります。エバも神様との心情的関係より、天使長との関係が強くなったため、ルーシェルについていってしまったのです。

①「堕落するときに良心を中心として神様を愛する欽慕の愛、追慕の愛よりも堕落的愛が大きかった…。愛の関係を結ぶとき、良心基準がその長成期完成級からもっと上がっていき、一つにならなければならないはずでしたが、そこに到達する事ができずにサタン的愛が入ってきて、それが強かったので堕落したのです」1998.10.3

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3.真のお母様に対する批判は真のお父様に対する反逆行為

真の父母を受け入れ、共に御旨成就のために苦労してくれた食口たちを、敗北者ではなく勝利者として立たせてあげたい、そのために真のお父様が祭物となって真のお母様を中心とする2020年までの摂理を与えて下さいました。今、心情の動機が御旨成就のためであったとしても、真のお父様が我々を勝利させるために投入して下さった最後の愛に対する反逆の道となってしまうことを理解しなければなりません。

①「個人として神様の御旨と一致する伝統を受け継ぐ道を見い出せなくなる時は、彼がいくら努力をし、いくら忠誠を尽くしながら行くといっても、その結果は、必ず神様の御旨に背く立場に帰結するようになります」(1974.5.5)天一国経典『天聖經』p.878

③「自分を中心として不平を言った人々は、すべて離れていきました。自分を中心とした考えをすれば、すべて壊れていくのです。原理がそのようになっています」(1977.5.3)92-327

1984年に、真の父母様と子女様たちとの間でなされた誓いの問答がありました。

④「孝進とお姉さん、幼い弟、妹たち、きのう話したとおりです。もし孝進、あなた自身が間違ったとしても、父と母、真の父母様と完全に一つにならなければなりません。今から、もしあなたが失敗してサタンの讒訴条件に引っ掛かることがあったとしても、いくらサタンが侵犯してあらゆる悪いことをしたとしても、真の父母様とみ旨の前には何の支障をもたらさないということを約束しますか。(「はい」)。」(1984.5.20)132-99~100

この時、真の父母様に誓った誓いを、もう一度、思い出していただきたい。

 

4.真のお母様の信条と決意

①「常に心情的闘いの中で凄絶な生活をしてきてみると、青春時代もなく老年期に入ってきたような気がします。『私の代で複雑な摂理はすべて終わり、子供の代には、神様の創造理想を成した世界で育つようにしてあげたい。ですから、難しいこともすべて私がする。すべて私がする』と、常に心の中で誓いながら生きてきました」(TM 1999.10.21)

②「私は御父様と約束しました。『どんなに御旨が大変でも、自分の代で終わらせます』と言いました。そしてお父様に『神様の創造目的を、創造理想世界を成し遂げてさしあげます』と言いました。『私が必ず成し遂げてさしあげます』と言ったのです。そのために、私は変わらないでしょう。御父様が逝かれる前、御父様は私に『本当に済まない。本当に有難う』とおっしゃいました。私は皆さんと一緒に、御父様が残された御旨を成し遂げてさしあげたいのです。落伍者となる息子、娘がいない事を願います」(TM 2012.9.3)『真の父母經』13・2・2・9