真のお母様の「無原罪性」―「血統転換、私は母胎からなのです」の意味について


(文責:教会成長研究院)

 2014年7月1日、真のお母様が「血統転換、私は母胎からなのです。皆さんはそれを信じなければいけません」と語られたことに対して、真のお母様は原理的に間違ったことを語っておられると批判する人がいます。しかし、真のお母様が語られた御言を「原理」の観点から見たとき、お母様は正しいことを語っておられます。そのことについて、以下、説明いたします。

 

(1)統一原理における「原罪」の定義

 『原理講論』は、「原罪」について次のように定義しています。

 「罪を分類してみれば、第一に原罪というものがあるが、これは人間始祖が犯した霊的堕落と肉的堕落による血統的な罪をいい、この原罪は、すべての罪の根となるのである」(121ページ)

 このように「原罪」は、「霊的堕落」と「肉的堕落」の〝両方の罪〟を指して呼ぶ概念です。

 

(2)無原罪のメシヤの誕生は、「エデンの園」の再現を意味する

 ところで、真のお父様は「救援摂理史の原理観」の御言で、次のように語っておられます。

 「ザカリヤ夫婦はマリヤを自分たちの家にとどまらせました。(マリヤは)イエス様をザカリヤの家庭で懐胎しました。……ザカリヤの前でエリサベツの助けを受けたマリヤは、レアとラケルがヤコブの家庭で母子が一体になれなかったのを、国家的基準でザカリヤ家庭を通して蕩減する条件まで立てながら、イエス様を誕生させなければなりませんでした。
 (このようにして)歴史以来、初めて神様の息子の種、真の父となるべき種が、準備された母(マリヤ)の胎中に、サタンの讒訴条件なく着地したのです。それによって、地上に初めて、神様の初愛を独占することのできるひとり子(独生子)が誕生するようになったのです」(『祝福家庭と理想天国(1)』36~37ページ)

 真のお父様が語っておられるように、2000年前、ザカリヤを中心に聖母マリヤとエリサベツが一体化することによって、イエス様という無原罪のアダム、すなわち神の独り子(独生子)が誕生されました。聖母マリヤが「独り子」を誕生させたその勝利圏を相続した立場において、金慶継忠母様の聖別された胎中を通じて、真のお父様も無原罪のアダム(独生子)として生まれてこられました。ここで、考えなければならないことは、無原罪のイエス様および真のお父様が「この地上に降臨されるということは、エデンの園で『肉的堕落』が起こる前の『霊的堕落のみ』のときの環境圏が取り戻されたことを意味」しているという点です(太田朝久著『祝福結婚と原罪の清算』光言社、93ページ)

 す復帰された「エデンの園」なわち、イエス様および真のお父様が「無原罪」として生まれられたということは、そのメシヤが現れた圏内(復帰されたエデンの園)においては、一人のアダムと一人のエバ、さらに3人の天使長。すなわち神様を含めれば5人の男性と1人の女性が存在するという、いわゆる失楽園前の「エデンの園」が再現されたことになるというのです【図を参照】

 すなわち、復帰摂理とは、一点から始まって徐々に救いの圏内が拡大して、全体(全人類)へと行き渡っていきますが(『原理講論』246ページ)、無原罪のアダムが到来することで再創造された「エデンの園」においては、まず、5人の男性と1人の女性が存在しているということです。

 真のお父様は、2001年5月8日、「神様は私たちの王であり、真の父母であられる」と題する御言で、次のように語っておられます。

 「エデンの園には、5人の男性がいました。それは、すべての被造世界の男性格主体であられる神様をはじめとして、アダム、そしてルーシェル、ガブリエル、ミカエルの3人の天使長でした。女性は、エバ一人だけだったのです」(「ファミリー」2001年7月号、9ページ)

 また、真のお父様は、次のようにも語っておられます。

 「エデンの園にいる者たちを見れば、女性は一人しかいないのです。女性は一人ですが、天使長は3人いて、アダムがいて、神様も男性的です。神様以外に4人の男性が一人の女性を取り囲んでいるので、警戒すべき問題は正にそれです。善悪の実は、女性の生殖器のことをいうのです」(八大教材・教本『天聖經』1701ページ)

 アダム(メシヤ)が地上に降臨することで再現された「エデンの園」(復帰されたエデンの園)の圏内においては、メシヤは「無原罪」であるために、そのメシヤの前に立たれるエバ(女性)、すなわちアダムの相対として生まれる女性は、完成したアダムが堕落エバを再創造するという「霊的堕落のみの時の救済摂理」(『原理講論』111ページ)を担当する立場において〝予定〟されて生まれてこられます。

 真のお父様は、次のように語っておられます。

 「エバゆえに、本来の理想的なアダムとエバが二人とも壊れたのです。それゆえに、理想的『後のアダム』として来られたイエス様の前に、堕落したエバ、すなわち(聖母)マリヤがイエス様の妻になるエバを復帰してあげなければなりません。復帰するには、マリヤ一人ではできません。創造主がアダムを中心としてエバを造る時も天使長が協助したので、復帰歴史完成のために、『後のアダム』を型としてエバを造る時も天使長が協助しなければなりません。そのようにすることによって、エバが復帰されるのです。
 そして、イエス様と復帰されたエバが一つにならなければなりません。天使と天使長の立場である僕たちが、アダムの立場であるイエス様を中心として、エバの立場である娘を創造したとすれば、その娘は堕落していない神様の娘ではないですか。マリヤとヨセフが、その神様の娘とイエス様を祝福してあげなければなりません。ここで、神様の娘と神様の息子が一つになるのです。
 主管性転倒問題は、エバが行ったことなので、女性が責任をもたなければなりません。それゆえに、マリヤが天使長も復帰してあげるべきであり、アダムも復帰してあげるべきであり、エバも堕落前のエバに復帰しなければなりません。マリヤが、このすべてを復帰しなければなりません。ですから女性は、主管性を転倒しなければなりません。マリヤは、天使長とアダムとエバ、この三つを復帰するだけでなく、神様の心情まですべて探し立てなければなりません。
 それをすることによって、神様のみ旨と人類の目的が成し遂げられるのです。神様が4000年間願ってこられたみ旨と、人類が今後天国を成し得る起源が、ここでできるのです。ですから、これが人類の目的点となってきたのであり、神様の目的点となってきました。
 アダムとエバが愛を結び、愛を完成すれば、そこから完全なものへの出発がなされるのです。それゆえに、主管性転倒を必ずしなければなりません。(1971.1.1)」(八大教材・教本『天聖經』2147ページ)

 このようにして、聖母マリヤの命懸けの絶対信仰によって、エバが「アダムを堕落させた罪」を蕩減したという条件を立てた基台の上において、「堕落していない神様の娘」を迎えなければならないのです。

 

(3)メシヤと新婦には、三天使長(三弟子)の協助が必要

 そこには、当然、三天使長(三弟子)がいなければなりません。その天使長の立場に立つ人物は、例えば、洗礼ヨハネがイエス様よりも6か月年上であったように、先に天使長が遣わされなければなりません。それと同様に、真のお父様の洗礼ヨハネであった金百文牧師は1916年生まれであり、お父様より4歳年上でした。また、お父様が「劉協会長は、先生よりも6歳年上でした。洗礼ヨハネも、イエス様より6か月年上でした。ですから、劉協会長は洗礼ヨハネの立場にあったのです」と語っておられるように、劉孝元協会長もお父様より6歳年上でした。

 このように、神様は、先に天使長を造り、それからアダムを造り、そのアダムのあばら骨からエバを造ったために、復帰(再創造)においても、神様は先に天使長を準備され、その天使長を準備してから、真のアダムであるイエス様や真のお父様がお生まれになるのです。

 そして、アダムの相対(妹の立場)となるよう予定されて生まれてくる女性は、アダムの近しいところから誕生されるのだと言えます。イエス様の場合、マリヤとエリサベツの一体化とその絶対信仰によって、洗礼ヨハネの妹がその特別な使命をもって、無原罪のメシヤの前に「霊的堕落のみの時の救済摂理」を担当するように予定されて生まれてきました。お父様は、次のように語っておられます。

 「天使長が、アダムと兄妹のように育ったエバ(妹)を、偽りの愛で堕落させたのを、根本的に(蕩減)復帰すべきイエス様です。したがって……イエス様は、天使長型の(人物の)妹を妻として迎えなければなりません。彼女がまさしくザカリヤの娘、洗礼ヨハネの妹なのです」(『祝福家庭と理想天国(1)』38~39ページ)

 このようにして、洗礼ヨハネの妹が、神様に準備されて生まれられたイエス様の相対者(エバ)でした。しかし、イエス様は洗礼ヨハネの不信によって、そのエバ(妹)と結婚式を挙げることはできませんでしたが、その後、失った三弟子、12弟子の基台を取り戻され、その基台の上で真の母となる女性と「約婚式」を行うところまで、一旦は勝利されました。しかし、再び弟子の基台が崩れることで、聖婚式を挙げることができなかったのです。

 「イエス様は約婚式を行っただけで、結婚式ができませんでした。ですから2000年間、新郎新婦(独生子と独生女)が再び会う時まで、歴史過程においてすべての男女が結婚を成すことができず、愛に飢え、嘆く群れとなってきたのです。(キリスト教の歴史には)そのような、未婚の青年男女がいるのです。これらを全部、真の父母が収拾するのです」(「ファミリー」1991年12月号、33ページ)

 イエス様は「約婚式」までされましたが、弟子の基台が崩れ、新婦を立てることができませんでした。真のお父様は「蘇生期は既成家庭の立場であり、長成はイエス様の約婚時代圏だよ」(1971.9.18)と語っておられますが、新約時代は「約婚時代圏」で終わってしまったのです。

 「再臨主はイエス様が果たせなかった神様の復帰摂理の根本を完成するためにこられます。……彼は既にイエスの時まで神側が勝利した根本摂理の土台の上に臨在されます。すなわち、イエス様が大人になられる時までの勝利的な基盤の上に真っすぐ立たれて、彼が果たせなかった新婦を探し、真の父母になられ、万民を救ってくださるのです」(『祝福家庭と理想天国(1)』41~42ページ)

 

(4)再臨主のために準備された「新婦」(独生女)

 再臨主は、イエス様が果たせなかった「新婦」を探し立てなければなりません。イエス様の時と同様に、神様はお父様のために「真の母」となられる相対者(エバ)を準備しておられました。
 
 真のお母様(韓鶴子夫人)の祖母・趙元模ハルモニは、真のお父様と同じ故郷の定州の出身です。しかも定州には、趙漢俊氏にまつわる有名な逸話が伝えられています。

 中国の使臣が韓国へ来ようとすれば、定州の撻來川を渡らなければなりませんが、当時、橋がなかったために、趙漢俊氏という人が私財を投げ打って立派な石橋を架けました。しかし、わずかに残った銅銭三文でわらじを作ったところ、夜の夢で「漢俊よ、お前の功労は大きい。そこで、お前の家門に天子を送ろうとしたが、銅銭三文が天に引っ掛かったので姫を送ろう」という啓示があったといいます。その功労の多い趙漢俊氏の子孫が、真のお母様(韓鶴子夫人)です。

 また、真のお父様の家系には、「趙家の過ちを繰り返すな」という家訓が伝えられており、徹底的に「為に生きる」家系であったといいます。同じ定州出身の文家と趙家のなかに、このような逸話や家訓があることを考察すると、真のお父様の家系と真のお母様の家系には深い繋がりがあることが窺えます。そのような意味で、まさにアダムのあばら骨からエバが造られ、イエス様の近しいところに新婦が準備されたように、真のお父様の場合も近しいところに神様は新婦を準備しておられたということが言えます。

 ところで、イエス様の誕生と洗礼ヨハネの妹の誕生の背景には、聖母マリヤとエリサベツの絶対信仰があったように、真のお父様(メシヤ)の誕生の背景、およびその「新婦」が準備される背景にも、絶対信仰を立てる「復帰された母」の母子協助がなければなりません。

 真のお母様(韓鶴子夫人)も、「趙元模おばあさんと洪順愛大母様は、再び来られる主を迎えるための準備と信仰で生涯一貫した生活を送られました。世の中と妥協されず、安逸な家庭環境の中で型にはまった信仰をすることなく、24時間をすべて天の前に奉仕し、主を迎えるための準備に限りない精誠を尽くされました」(『真の御父母様の生涯路程⑩』51ページ)とあるように、再臨主を迎えるために祖母、母の2代にわたって信仰を立てた女性がその背景におられたのです。

 また、さらに「復帰された母」の役割を果たされた崔元福女史がおられます。真のお父様は、「聖酒式は、堕落した行程と反対の方向にもって行かなければならない。堕落は天使長を通し、エバを通したのだから、復帰は、天的天使長の立場に立つ金協会長から始まる。生まれ変わるには、自分が母の懐に帰ったというような、復帰された母がいなければならない。それが崔元福先生である。……母は、堕落から復帰された母、堕落しない立場の母、そういうような二人の腹の中に再び元返しするような条件を立て……愛を中心にして復帰しなければならない」(1970.10.10、「祝福」1974年冬季号、5~6ページ)と語っておられますが、崔元福女史が「復帰された母」の使命を担い、再臨主と真の母に対して善なる協助をしておられたのです。

 

(5)メシヤの前の「真の母」の立場を、原理の「原罪」の定義に当てはめると

 「無原罪」で誕生されたアダム(メシヤ)の前に、「新婦」としての使命を果たすために予定されて生まれられた女性には、果たして「原罪」はあるのでしょうか、ないのでしょうか。

 当然、メシヤの前に準備された新婦が現れるには、前述したように、真のお父様が、聖母マリヤの使命に対し、「主管性転倒問題は、エバが行ったことなので、女性が責任をもたなければなりません。それゆえに、マリヤが天使長も復帰してあげるべきであり、アダムも復帰してあげるべきであり、エバも堕落前のエバに復帰しなければなりません。マリヤが、このすべてを復帰しなければなりません。ですから女性は、主管性を転倒しなければなりません」(八大教材・教本『天聖經』2147ページ)と語っておられるように、その背景に「アダムを堕落させた罪」を清算する蕩減条件を立てた女性がいなければなりません。

 その女性が、真のお父様と同じ定州出身であり、新イエス教の李浩彬牧師の主礼によって結婚をし、真のお母様を誕生させた洪順愛大母様です。そして、お父様と同じ1月6日(陰暦)にお母様が誕生されました。主の花嫁となる女性について、お父様は次のように語っておられます。

 「再臨主は何をしに来られるのでしょうか? 再臨時代は完成基準の時代なので、再臨主は人類の母を捜しに来られるのです。すなわち、新婦を捜しに来られるのです。新郎であられる主がこの地上で捜される新婦は、堕落圏内で探す新婦ではありません。堕落しない純粋な血統を持って誕生した方を捜すのです。それならば、そのような新婦、すなわちその母はどのような基台の上で生まれねばならないのでしょうか? 堕落した世界のアベル的な母の基台の上で生まれねばならないのです」(1970.10.19、35-218)

 冒頭で述べたように、『原理講論』には、人間始祖の犯した「霊的堕落」と「肉的堕落」の〝両方の罪〟を指して「原罪」というと定義されています。この「原罪」の定義に当てはめてみると、真のお母様になるように予定されて生まれられた女性は、長成期完成級における、エバの犯した「霊的堕落のみ」の問題が問われており、完成したアダムがエバを再創造するという「霊的堕落のみの時の救済摂理」(『原理講論』111ページ)を担当する女性であるがゆえに、お母様は「無原罪である」と言えるのです。

 その理由は、「無原罪」のアダムが出現しておられるがゆえに、「肉的堕落」の問題については、「復帰された母」の使命を果たす女性たち、および三人の天使長(「メシヤのための基台」を準備する洗礼ヨハネをはじめとする三弟子)が立っておれば、アダムは「無原罪」であるために、そのエデンの園は既に「肉的堕落の罪」は清算された圏内にあることから、そこでは「肉的堕落の罪」は問われていないからです。

 すなわち、『原理講論』に、「エバが堕落したとしても、もしアダムが、罪を犯したエバを相手にしないで完成したなら、完成した主体が、そのまま残っているがゆえに、その対象であるエバに対する復帰摂理は、ごく容易であったはずである」(111ページ)と論じられていますが、この記述にある、いわゆる〝失楽園〟の前の「霊的堕落のみの時の救済摂理」の時点にまで戻ったということです。

 したがって、無原罪のアダム(メシヤ)の前に、真の母として予定されて生まれてきた女性には、人間始祖が犯した「霊的堕落」プラス「肉的堕落」の両方の堕落によって生じた罪である「原罪」は問われていないので、「原罪はない」と言えるのです。

 真のお母様が「血統転換、私は母胎からなのです」と語っておられたのは、そのような使命をもった女性として、特別に神様によって予定されて生まれて来られた事実に対して、そのように述べておられたのだと理解することができます。つまり、母胎にいるときから、既にそのように選ばれて生まれて来られたということです。

 したがって、真のお母様の語っておられることは、原理的に見て正しい内容です。なぜなら、「霊的堕落」と「肉的堕落」の両方の堕落によって生じた罪を指して「原罪」と言うと定義している『原理講論』と照らし合わせると、「原罪はない」ということが言えるからです。

 また、真のお母様も、次のように語っておられます。

 「イエス・キリストを誕生させるまで、どれほど大変でしたか? 独り子イエス・キリストです。それならば、創造(の時)がそうではない(注:アダムだけを造ったのではない)のに、独り子だけを誕生させるでしょうか? 独り娘(独生女)の位置があったという話です。それゆえ……独り娘は2000年前、独り子が誕生したその位置にいたので、(独り娘が)サタンとは関係ない位置で出生したのです」(2015.3.11)

 2000年前、独り子イエス様のために〝新婦となる女性〟(独生女)が準備されており、ゆえにイエス様は〝約婚基準〟まで勝利されました。現代においても、再臨主のために神様は〝新婦となる女性〟(独生女)を準備しておられたのです。

 その女性は、無原罪のメシヤの前に「霊的堕落のみの時の救済摂理」を担当していく使命を担う女性として生まれて来られたために、1960年の「聖婚式」以降、長成期完成級を越えて完成期の7年路程を通過するなかで、苦難の路程を歩まれました。

 繰り返しになりますが、そのような「真の母」が現れるためには、「復帰された母」の立場で協助する信仰の女性たち(金慶継忠母様、趙元模女史、洪順愛大母様等)が必要です。それらの女性は「アダムを堕落させた罪」を蕩減する女性としての使命を果たし、母子協助をしなければなりません。

 そうやって準備されて現れた「新婦」は、長成期完成級において、エデンの園でエバが犯した罪を蕩減していくための7年路程という「苦難の道」を歩んでいくようになります。

 したがって、その女性には、原罪こそありませんが、完成したアダムがエバを再創造するという「霊的堕落のみの時の救済摂理」(注:①神様の愛を裏切った罪、②婚約者であるアダムを裏切った罪、③天使長に逆主管された罪)を担当していく蕩減問題が問われており、そのための道を歩まれたのです。

 真のお父様は、「1960年が、いったいどの基準であったか? 堕落したアダム、エバの立場、長成期完成級の基準である。長成期完成級基準を中心として完成圏まで上がるには、七段階の7年の期間が必要である。それが第一次7年路程であるというんだね。完成基準に立ち入る時は神の直接主管圏に入る」(『祝福家庭と理想天国(Ⅱ)』28ページ)と語られ、また、「アダムが責任を果たすことができなかったために堕落したので、その責任を完成した基準に立つには、エバを堕落圏から復帰して再創造し、善の娘として立ったという基準に立てなければなりません」(『真の父母の絶対価値と氏族メシヤの道』38ページ)等々と語っておられます。

 この御言は、「アダムが責任を果たすことができなかったために堕落した」とあるように、肉的堕落においてエバの誘惑に対し、正しく主管できなかったアダムの責任を果たして蕩減しなければならず、そのためアダムは、新婦が「真の母」として勝利するように導き、主管しなければなりません。同時に「新婦」もまた、勝利した「善の娘」として立ったと言えるよう新婦としての責任を果たし、勝利した「真の母」となっていかなければならないということを意味します。

 したがって、人類の「真の母」として予定されて生まれる女性は、原罪こそありませんが、「霊的堕落のみの時の救済摂理」を担当する女性として、エバが「霊的堕落」をすることで天使長圏に奪われた立場を蕩減していかなければならない使命を担っておられるのです。

 

(6)今、地上界においては「真の母」を中心に一体化すべきとき

 2014年7月1日、真のお母様が語られた「血統転換、私は母胎からなのです」の御言に対して、お母様は「無原罪」でお生まれになったと確信し、それを支持する人々がいれば、他方、それは原理的におかしいと言って批判する人もいます。しかし、『原理講論』の「原罪」の定義に当てはめると、真のお母様は原理的に正しいことを語っておられたことが分かります。

 ちなみに、1999年6月14日の「真の父母様天宙勝利祝賀宣布式」において、真のお父様は、真のお母様に「表彰牌」を授与されましたが、その牌には「貴下は……人類の真なる母の使命をもってこの地上に来られました。天のみ記憶される中、蕩減復帰の苦難の路程を、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で勝利し、永遠なる伝統を立てられました」と記されています。

 その表彰牌を渡される時、真のお父様は「人類の母という人は、堕落した世界のすべてのことを引き継いで完成させなければならない責任があるので、堕落した世界の女性たちのすべてを背負い……アダムの前に、完成した女性として……地上天上天国を開門できるすべての蕩減の主役を果たしました」と語られました。

 これらの御言によって、真のお母様は「真の母」の使命をもって地上に生まれられたこと(無原罪)。それと同時に、人間始祖エバの立場を蕩減復帰する「特別使命」(霊的堕落のみの時の救済摂理)を果たされ、人類の「真の母」として勝利された事実を理解することができます。

 私たちは今、「ビジョン2020」の勝利を目指して、霊界におられる「真のお父様」とその相対圏に立って歩んでおられる「真のお母様」を中心に一体化して歩むべきときです。

― 以上 ―