文責:教理研究院
注、真の父母様のみ言や『原理講論』および家庭連合の出版物の引用は「青い字」で、非原理集団など主張は「茶色の字」で区別しています。
(3)〝檀君神話は「父なる神」、麻姑神話は「母なる神」との主張は二元論的?〟に対する応答
「韓民族選民大叙事詩」教育において、以下のように説明していることに対して、UCIを支持する人物は「異なる起源と機能を持つ神話を『父母』という二元論的な枠の中に強制的に組み込もうとする試みである」などと批判しています。以下、『韓民族選民大叙事詩【補助教材】』から彼らが批判する関連箇所を引用します。
「神話の主人公の多くは男性です。主に息子が王になる話ですが、韓民族の歴史には、天が送られた息子の話だけではなく、『天の母』を象徴する、天が送られた娘という『女性神話』が語られてきました。代表的な神話が『麻姑(マゴ)神話』と『バリ姫神話』です。昔、麻姑という大きな女性神がいたといいます。それが麻姑ハルミであり、大きなチマ(スカート)の裾(すそ)で土を運び、それが落ちると島ができたという話です。済州島(チェヂュド)にはソルムンデ・ハルマンという、麻姑ハルミのようなおばあさんが多くの島を創造したという神話が伝わっています。大きなお母さんである『天の母』が宇宙を創造し、生命の起源になったというのです。この『麻姑ハルミ』の話を通して、韓民族は『天の父』だけでなく、世界を創造した『天の母』がいらっしゃることを語ってきました」(58ページ)
「韓民族選民大叙事詩」や「真の父母論」は、創造主を〝天の父母様である〟と主張しますが、それに対して、UCI・FPAを支持する人物や、サンクチュアリ教会を支持する人物は、その神観を「二元論」だと批判してきました。
UCIを支持する人物は、次のように述べて批判しています。
「これらの文献は男性中心の檀君神話が『父なる神』を象徴するとすれば、マゴハルミやバリ王女のような女性神話はそれに相応する『母なる神』の存在を明らかにする役割を果たすと主張する。これは本来各自が異なる起源と機能を持つ神話を『父母』という二元論的な枠の中に強制的に組み込もうとする試みである」
しかし、このような批判は「天の父母様」という神観を正しく理解していないために生じている誤った言説です。
サンクチュアリ教会を支持する江利川安榮氏も「天の父母様」という神観に対して、それを「二元論」であると批判しており、その反論を真の父母様宣布文サイトに掲載しています。その反論文から一部を引用しながら、彼らの言説の誤りを指摘します。なお、全文を読みたい方は、次のURLを開いてお読みください(https://trueparents.jp/?page_id=7875)。
【以下の文章は、真の父母様宣布文サイトからの引用】
『原理講論』は、唯一なる神様について「父母なる神」(61ページ)、「人間の父母としていまし給う神」(91ページ)、「天の父母なる神」(235ページ)、「神は、霊的な父母として、人間を実体の子女として創造された」(429ページ)等々と論じています。神様は唯一なるお方ですが、「天の父」と「天の母」すなわち「天の父母なる神」なのです。
お父様は次のように語っておられます。
「神様が自分の二性性相を展開し、神様の形状どおり万宇宙を造り、人間を造ったのです。アダムは神様の男性的性稟を展開させたものであり、エバは神様の女性的性稟を展開させたものなのです。このように見るとき、私たち一般人が普通『天のお父様!』と言うのは、お一人ですからそのように言うのでしょうが、そのお一人という概念の中に『天のお父様、お母様』という概念が入っているというのです」(八大教材教本『天聖經』1421ページ)
また、お父様は、今まで神を「天の父」とだけ呼んできた理由について、自らが書かれた『原理原本』で次のように述べておられます。
「創造の目的は何か。天の父母が基本目的であるが、『父なる神様』とだけなっており、いまだに創造目的が完成できずにいるのである。神様が父格としておられるのは、創造目的を果たせなかったことを意味するものである……。……このように堕落によって天の父母は完成されず、地の父母も非原理的な状態になったのである。……(ゆえに)アダムとエバが完成して神様と合体すれば、父なる神様と母なる神様として完成し、基本完成をすることになる」(『天の父母様聖会』天苑社、162~163ページ)
『原理原本』を見ると、お父様は唯一なる神様に対して「天の父母」と述べておられ、その数は40か所以上にも及びます。前述したように、お父様ご自身は「アダムとエバが完成して神様と合体すれば、父なる神様と母なる神様として完成」すると述べておられ、「創造の目的は……天の父母が基本目的」であるとし、神様が「天の父母」にならなければならないとしておられます。したがって、お母様が天一国時代を迎えて神様の呼称を「天の父母様」とされたことは、まさに、お父様が「創造の目的は……天の父母が基本目的」と述べておられる時代圏が到来したことを表しており、お母様の語られた「天の父母様」は、お父様の神観と一致しています。
以上のように、お父様とお母様の神観は一致しているにもかかわらず……一致していないと批判する江利川氏の主張は、お父様をも蔑(ないがし)ろにするものであり、欺瞞に満ちています。
【以上、引用終わり】
ところで、創造主は天の父母様であるにもかかわらず、人間始祖アダムとエバが堕落したために、お父様は「神様が父格としておられるのは、創造目的を果たせなかったことを意味するものである」とし、それゆえ「アダムとエバが完成して神様と合体すれば、父なる神様と母なる神様として完成し、基本完成をする」と述べておられます。
今日まで私たちは、神様を〝父なる神〟と考えていましたが、本来なら「父なる神様と母なる神様」としての唯一神だというのです。
創造原理に、「神における陽性と陰性とを、各々男性と女性と称するのである」(『原理講論』47ページ)とあるように、唯一なる神に「父性(男性)」と「母性(女性)」が内在しているのです。したがって、檀君神話が神における「男性」としての〝父なる神〟を象徴したものと言わざるを得ないのであり、それに対して「『麻姑(マゴ)神話』と『バリ姫神話』……済州島(チェヂュド)にはソルムンデ・ハルマン」という神話などが、神における「女性」としての〝母なる神〟を象徴する創造神と理解することは、神は本来の「天の父母様」として、すなわち『原理原本』に書かれている、本来なら神は「父なる神様と母なる神様」であることを暗示していた内容であったと捉えることは、何ら不当なことではありません。それは、どこまでも唯一なる神なのであって、「二元論」ではありません。








